第八十三話:愛してる

その日の若山城。陶隆房は有川家と敷山家の板挟みにあって、元主大内家の大内義隆同様に怯えていた。敷山家からの誘いに乗らなかったにもかかわらず、その煮え切らぬ態度は有川家からも疑いの目を向けられ、現状、いずれにも属さない第三勢力のようになってしまっていた。
これは一見すると独立を遂げた微笑ましい姿にうつらなくもない。だがその実、二大勢力いずれの餌食にもなるという恐ろしい立場であり、しかも「食いつくされる日」は目前であった。なんと、敷山隆邦と有川昌興とが盟約を結んで停戦してしまった、という恐ろしい情報はすでに隆房の元に届いていたのだ。
昌興が周防に戻ったという知らせがもたらされ、ついで、九州攻略のために軍勢を派遣しなかったことについて「申し開きをする」ために、山口へ来い、との命令がくだされてきた。しかし、隆房はこれを無視した。まるで、自ら捕まえてください、と敵の元へ向かうような馬鹿なマネができるはずはないではないか。
(どうやら、有川家はすでに隆房にとって『敵』となったようだ……)
しかし、千寿の動向だけが、なぜか不明であった。山口にはいないらしいと報告があったが、なんと敷山家の人質になって府内にいるという噂もあり、これについては、さすがの隆房もまさかあり得ないだろうと考えた。ゲーム機を持った千寿が傍にいてくれたならば……。しかし、二台目のゲーム機とやらが現れて、千寿は無双できなくなった。だとしたら、敷山家と有川家の和睦とはいったい何のためなのだ?
両者ともゲーム機をもっているはずではないか。ゆえに、互いに潰し合うことは永久に終わらないと。それが和睦とは……。
「殿、一大事にございます!!」
江良が息せき切って駆け込んでくる。
「何事だ?」
「有川家から『詰問使』がこちらに向かっているようでして」
隆房自ら申し開きに行かなかったから、相手のほうから聞きに来るというわけだ。どうでも立場を明らかにしない限り、もはや有川家とは断絶となる。そうなると、同盟国である敷山家とも同様に断絶する。
(何が周防・長門はすべて貴殿のもの、だ)
隆房は敷山家からの調略の使者・高祖隆久を思い出した。あの男も腹が立つが、唯一、今回の騒動で隆房がざまあ見やがれと思ったのは、隆久の弟、そう、彼にとってのトラウマ、謎の噂の美少年・高祖帯刀が敷山家を追放されたという噂位なものだった。
「で、使いの者は誰なのだ?」
「相良様だと」
江良の言葉を聞いて、隆房はますます不愉快になった。
(あの男……今度こそ叩き切ってやる)
とはいえ、使者を斬ったらその場で断交は確実となる。千寿「のゲーム機」がないまま「独立」するのは心許ない。ここはやはり、平謝りに謝って、敷山家とのことは知らぬふりをするか。優柔不断な隆房はなおも迷っていた。迷っていたというより、恐れていた、というのが正しい。だが、大内義隆のようなひ弱な男ではないから「見た目」状は強気であった。
皮肉なことに、有川家に忠誠を誓う内藤家はすでに、隆房との「断交」を宣言。妻は息子を連れて実家に戻ってしまった。要するに、使いを送ってくるなどと言って、まだ交渉の余地があるように「見せかけ」てはいるが、昌興はすでに隆房を完全に敵視しており、それは周囲の者たちの目にも明らかとなっているのだろう。
隆房が部屋の中を行ったり来たり、落ち着きをなくしているのを見て、家人たちは皆、我が身可愛さに身を隠した。イラついている主ほど恐ろしいものはないからだ。
「殿、客人でございますぞ」
江良に向かって例の如く硯を投げつけようとした隆房だが、ふりかえるとそこには江良ではなく、千寿が立っていた。