第八十二話:千年の時を経た改稿

鷲塚はなおも纏わり付く報道陣に嫌気がさし、暫く有休を取って木下綾香の小粋旅館に入り浸りとなった。実を言うと、式を上げる前からこうして入り浸っていることが、さらにゴシップネタを好む連中を加熱させてしまっていた。鷲塚とて、そのことに気付いてはいた。しかし、このホテルの高級スイートだけが、唯一あれらの報道陣から解放される空間なのである。
彼の居住区域にあたる高層ビルはもう出入りが出来ないほどの人だかりになってしまい、ほかの住人たちから苦情が出ていた。そして、取材は会社にまで。優秀なタイムマシン技師はほかにいくらでもいたから、会社としても、鷲塚のせいで、ほかの全社員が迷惑するよりは、彼には休暇を取ってもらいたかった。
まあ、「解雇」という選択肢はない。なぜなら、何のかんの言って、こうして取材が入ることで、暁工学本社ビルは何度もワイドショーに映し出されることになり、その宣伝効果たるや莫大なものがあったからだ。それこそ、迷惑すぎる男ながら、特別ボーナスを出してやってもいいという上層部の意見すらあった。
まったく、何てことだ。鷲塚は「超」有名人になってしまった自分を喜ぶべきか、それとも木下綾香に苦情を言うべきか迷っていた。苦情を言ったところで状況は変わらないので、せいぜいこの最高級スイートルームをタダで使えることを喜んだほうがマシだろう。
綾香のほうも、ホテルの外は常に黒山の人だかりとなっていて、出入りする宿泊客が目を白黒させていたが、これはこれで、それこそ宣伝効果があったらしい。我も我もと予約が殺到した。なぜならば、報道陣はせいぜい入り口までだが、宿泊客となれば、この目で鷲塚昭彦を見たり、木下綾香を動画撮影したりできるからだ。たまに、そのような連中と廊下で出くわすことがあったから、鷲塚はもうホテルの部屋から出ることをやめてしまった。
「いったいいつまで続くんだ?」
日がな一日ソファに横になっているだけで、給料は振り込まれ、とびきりの美女も貸し切り。こんな贅沢な暮らしはないと思うのだが。人間というのは飽きっぽい。
「そろそろまたかの少年に会いに行きたいと思うのだが」
鷲塚が切り出すと、綾香もそれがいいわよ、と答えた。しかし、前回ジョニー・吉田と気まずいことになってしまったから、次回もマシンを使わせてくれるかどうか。
「大丈夫よ。クレジットさえ出せば、何でもしてくれるはず。逆に、無料奉仕は絶対にしない人よ。あなたとは違って」
「無料奉仕か」
鷲塚は我ながらおかしかった。木下綾香の「経済的問題」を解決するためならば、あれだけの「持ち帰り」を必死で行った男が、「お宝を買う習慣がない家」の少年に無料奉仕で個人レッスンまでした。しかし、吉田のマシンを一度借りると、彼には莫大な支払い義務が生じる。お宝を持ち帰れないのであれば、過去に向かうことはもう無理だった。
千寿にこの先は捏造はほどほどにしろ、と言った手前、どんどん金銭を捏造して買えるだけのお宝を……などとは言えないではないか。しかし、彼が捏造しなくなり、会いに行っても本当に一つのお宝も提供してくれなくなったら(捏造しない限り、ゲームは終盤にかかるほどリモートで凄まじい勢いで金を使い込むようになる。『あればあるだけ使う』という恐ろしい仕様なのだ。よって、家宝を買う習慣のない家ならば、恐らく金銭はすべて富国強兵に消えてしまい、凄まじい大国なのに、国庫は空っぽという恐ろしいことが普通に起こり得る)、もはや彼には会えなくなるではないか。
鷲塚は愛する人と一つ部屋にいる機会が多くなるにつれ、少しずつ、この先のこと、を考えるようになっていた。仮に「密売」をやっていなかったとしても、吉田のマシンを使っている時点ですでに「密航」はやっている。こんな犯罪者が家族を持つなどあってはならないことだ。
かつて、千寿にも話したことがあったが、いずれは彼も年を取り、もう千寿に会うためにタイムトリップが出来なくなる、と。だがそれは、何も老いさらばえて操縦が出来なくなるのを待たずとも、意外と早くやって来そうな気がする。タイムマシンで辿り着ける世界は夢の国。そこに千寿も、彼の家族も確かに存在しているが、彼らと生涯を共にすることはできない。鷲塚にとって千寿と会う楽しみは筆舌に尽くしがたいものだが、それでも、愛する人が傍にいてくれて、自分の守るべき家族ができたなら、その楽しみは諦めなければならないと思い始めていた。
「分っているわ。でも、まだもう少し続けても良いと思うの」
いきなり綾香にそう言われ、鷲塚はびっくりした。そうだった。彼女とは生涯以心伝心ではないか。
「驚いたな。君の病気のことはその……気の毒でもあるから、私も何も言えないが、口に出さなくても何もかも分かってしまうんだな。頭の中を空っぽにしないとダメか?」
「やはり、面倒な女だと思う?」
「まさか。今のは君の『見間違い』だ」