第八十話:人質

有川昌興と敷山隆邦とは、それぞれ防長と九州の土地を仲良く分け合う、ことで和睦した。しかし、周防にある「父祖伝来」の地、「敷山」だけは敷山家に割譲すること、昌興が敷山多江を妻に迎え、両家が姻戚関係を結ぶという申し出を蹴ったかわりに、弟の千寿が敷山家に「質」に入る、という条件が付けられていた。
徳山父子はじめ、有川家家臣の多くが反対する中、このどう見ても敷山家有利な盟約は強引に締結されてしまった。千寿は一度山口に帰り、父の松宛に挨拶をしたい、と泣いて頼んだが、昌興は頑として聞き入れなかった。
「良いか、これはかつてお前が大内家に入った時とは、まったく違うのだ。我らの間が戦闘関係に入ることは今後一切、永久にない。よって、そなたの身に危害が及ぶこともないのだ」
「そんな……。永久にない、なんてそんなこと、どうしてわかるのですか? だいたい、そこまでお互いに信頼しあっているのならば、私が質になる必要もないでしょう?」
千寿の言う事は理にかなっている、と居合わせた皆が思った。もちろん、敷山家の連中が、「今後永久に」攻めてくることがない、などという都合のよいことなど誰も信じてはいなかったが。それゆえに、千寿の身は極めて危険な状態にさらされるものと皆は考えた。
「敷山殿とこの兄とは、『男と男の約束』を交わしたのだ。互いに決して裏切ることがないと、この兄が保証する」
(何なの、『男と男の約束』って。暑苦しい……)
千寿はあっけにとられた。これ以上ゴネていたら、それこそ兄の顔を潰すことになるから、すべてを諦めて敷山家の連中に従うことにした。
「おい、待てよ」
直幸が必死に押しとどめる。
「昌興様、俺も、いや、俺をこいつ、いえ、弟君の家来にして、共に府内に行かせてください」
「それはまかりならぬ」
昌興は冷たく言った。普段は、直幸に甘いのに、これはかなり珍しいことである。
「そなたには、将来この家を背負って行ってもらう必要がある。今は、父の下で武功を積む時である」
主に向かってなおも食い下がろうとする直幸を見た千寿がそっと割って入る。
「ついて来ないで。馬鹿は嫌いだから」
「……」
「それでは兄上、これよりは敷山家に参り、ご当主のいうことをよく聞き、お家のためにつとめます。お願いですから私を見捨てて、敷山家と弓矢のことに及んだりせぬように」
口をとがらせて嫌味を言う弟に、昌興は強い口調で答えた。
「それはない、と先ほど申したはずだ」