第七十五話:愛ゆえに

中津城に早馬がやって来た。帯刀の「手術用ロボット」を大至急城井谷城に届けて欲しい、というのだ。留守居役となっていた敷山多江は、てっきり愛する従弟の身に何かが起きたのだと思ってしまった。鏡が割れたのは、やはり異常事態発生の予兆だったのだ。
「それで……大丈夫なの? 帯刀さまは無事なのか、と尋ねている。言葉が通じないのか!?」
伝令はそれこそ、「当日お届け便」の速さで飛んできたのだ。水一杯もらえず、いきなり多江に蹴倒されて、心中コノヤローと思うが、多江の恐ろしさは周知のことなので、先ずはざっくりと城井谷で起きたことを教えた。
「高祖様が多江様の南蛮の武器を使い、和睦の使者としてきた者を撃ったのです。戸次様が、卑怯な行為だとお怒りになられ、先方もカンカンですので、とにかくは、負傷者を助けて……」
多江は最後まで聞こうともしなかった。帯刀以外の者の生死などどうでもいい。彼さえ無事ならば。だが、ここで、ふと不審に思ったのである。
「今何と言った? 南蛮の武器と言わなかったか?」
「申しました。多江様がお持ちのあの、小型の鉄砲です」
そこまで伝えると使いの男は力尽きて倒れ込んだ。外に控えていた家人が急ぎ彼を別室に運んで休ませてやる。
(あれは私のものよ。貸した覚えもない)
多江は考えた。伝令が「大至急」と言っていた案件など忘れている。
ピストルは、帯刀が南蛮渡りの築城術を習った「南蛮人」から贈られたものだ。その威力に驚いた多江がその男にねだって、帯刀ではなく、自分の物としてプレゼントしてもらったのだ。もちろん、従弟がそれを「貸して」欲しいと頼んできたら、喜んで貸してやっただろう。断る理由はないし、たとえどんな願いであれ、愛する従弟の口から出たものならば、無理をしてでもかなえてやりたいではないか。そもそも、眼中に多江の姿などまったくない従弟のこと。「頼みがある」などと言われたら、天にも昇る心地だ。
だが。帯刀は多江にそれを貸して欲しい、などとは一言も言わなかった。つまり、多江の許しを得ず、勝手に持ち出した、ということになる。
確かに、世界の一部の国々には、「護身用」と称してあの物騒な物を常時携帯しているケースが少なくない。それはそれぞれのお国の事情、個人の主義思想の問題なので、尊重されるべきである。その上で、我々の国ではあのような恐ろしいものは所持しているだけで犯罪行為になる、というのなら法律には従わなくてはならない。
元々、こんな未来のシロモノなど存在しないはずの、多江たちの時代。それを携帯してはならないとか、いや、持っているべきだ、などという議論そのものがない。ただし、多江にそれを贈ってくれた未来の男は、危ないから戦闘モードの時以外は持ち歩くなよ、と言ったのである。ゆえに、多江のピストルが一条恒持を撃った際には、戦場ゆえ携帯していたものの、この城に落ち着いてからは自室に隠して置いた。
現在、多江は元・主夫婦の館だったところから、彼らを追い出し、辰子の部屋だった場所を自らの寝室として使っていた。辰子の私物はすべて放り出し、家具だけはそのままにしている。そして、女なら、誰でももっとも大切にするはずの化粧箱の引き出しに、そのピストルを入れていた。
もしも、帯刀が多江の目を盗んで部屋に忍び込み、こっそり化粧箱を開けてそれを持ち去ったのだとしたら……。嫁入り前の女の部屋に若い男が入り込み、大切な化粧箱の中を覗く。感心できることではないが、それが帯刀の仕業としたら、彼が部屋に入った、ということだけで多江の胸はドキドキするだろう。
当然「そうではない」ことは明らかだった。帯刀が留守の間、化粧箱を開ける必要もなかった多江は、拳銃がなくなっていることにまったく気づかなかった。だが、もしも「家探し」をしたのであれば、何らかの痕跡が残っていてしかるべきである。誰が、知らせてもいないのに「あれは化粧箱の中にある」と知っているのだ? しかし、多江はその後何度も部屋を出入りしているが、誰かがこっそり忍び込んだ形跡などまったくなかった。
そう、これはつまり、その道の「プロ」の仕業である。帯刀が従姉の部屋に忍び込み、コソコソと目当ての品を探すようなマネをするはずはないのであって、彼が大量に「飼いならして」いるあれらの「忍び」の連中がやったことだ。そんな卑しい者(それも間違いなく男である)が、勝手に部屋に入り込み、化粧箱を開けたということは、実に由々しき事態であった。さらに、これは、紛れもなく「盗み」であって、刑法上も許されない事ではないか。
まっとうな理由があり、あの武器が必要だというのなら、なぜたった一言、貸して欲しい、と言えないのか。多江は天地が揺らぐような衝撃を覚え、柱につかまってやっとのことで身体を支えた。
「多江様、その……ろぼっととやら、急ぎ城井谷に届けねばならぬのでは?」
家人が恐々と問いかけた。
「そうね。例のロボット、それから『池から出て来たモノ』、両方とも持って来なさい。これは重要なことだから、私自ら出かけるわ」
多江は淡々と言った。
「え? 多江様がいなくなったら、この城はどうなります? あの大内辰子、いえ、一条辰子が労せずして城を取りもどすことになりはしませんか?」
「確かに、あやつらを残して置けば好き勝手されそうだわね。でも、見たところ、あの男のほうには無理だわ。一条恒持を牢にでもぶち込んで、いえ、夫婦そろって入れておしまい。私にはもっと重要な任務がある」
ロボットはいいとして、「池から出て来たモノ」とはなんであろうか? そう、帯刀が去った後、池をさらっていた家人たちは、怪しげな「小箱」を掬いあげた。それは、面倒なので説明を端折ると、れいのゲーム機だったのだが、この時代の人間で、見ただけであれが何なのか分かるのは、帯刀と千寿しかいない。家人たちも、多江も、このちっぽけな「箱」と帯刀がなにやら池の中に落とした「大事な物」とがイコールで結べるのかどうか、全く不明であった。家人が十分に「水洗い」をした後、多江にゲーム機を届けたが、多江は以来ずっとあれこれいじくりながら、まったくナニモノなのか理解できない。ただし、池から出たモノは「一つ残らず大切にもっていろ」と「命じられて」いたので、その通りに持っていた。
どうせなら、ロボットを届けると同時に、この怪しげな「箱」の正体も白状させねばなるまい。
「それから、先ほどの使いの男、あの者が正気に戻ったら、兄上の元へ行かせて。私に話したと同じことをすべて兄上にも話すように、と」
「承知しました」
その他にも、多江はあれこれのことを言い聞かせて、腕っぷしのいい部下数人を選んで城井谷へ向かった。