第七十二話:壊れた鏡

相良武任は、無事に和睦の使者としての役割を果たして帰国した。と言っても、彼は敵の総大将・戸次鑑連に会い、千寿の書状を手渡しただけだ。
「千寿様の仰る通りにする、とのことです」
それだけ言い終えると、相良はお決まりの気絶で退場だ。
「つまりは、和睦を受け入れる、ここでドンパチはない、ということだな?」
鷲塚が念を押す。千寿が頷くのを見て、一同はとりあえずほっと一息ついた。これから先は千寿と高祖帯刀との一騎打ちだ。他の皆には関係ない。
(隆房様、もしかしたら、もう一生会えないかもしれないよ。父上とも、兄上とも……)
珍しくしおらしくなっている千寿の姿を、鷲塚と直幸は見逃さなかった。
「あの手紙には何と書いたのだ? 普通、話し合いと言ったら時代劇だと陣幕の中か、城内だが……。ここはただの山の中だ。だが、君は城に戻ればそのタイミングで大地震が起こるかもしれないと心配している。つまり、会見場所はここなのか?」
鷲塚の話は的を射ていた。話し合いが戸次鑑連との停戦協定に過ぎなかったら、時代劇同様になる。だが、あの高祖という男が味方もろとも城を潰す可能性は否定できない。だいたい、これだけ兵力を水増ししておいたから、戸次鑑連のような「普通に」強いだけの武将が相手なら、勝敗はどっちに転ぶか分からないのだ。勝ち目がまったくないわけでもない。だが、恐らく戸次なる人物もゲーム機のことなど知るはずがないから、高祖に出て来てもらわない事には話し合いにならないのだ。
「戸次鑑連が言う通りにする、と言っただけではまったく意味がないよ。親玉が現れない限りは。あいつが出向いて来るかどうかまるで見当がつかない。嘘をついて騙すこともあり得るし」
とにかく、丸裸同然の山の中は危険すぎる。皆は話し合った結果、一番守りが固そうな山間の集落・甲村に移った。ここには、直幸が手配した例の五万の軍勢もいる。狭い村には入りきれず、山道にまで溢れ出ていた。
村への入り口は隘路だから、大軍で攻め寄せて来ても戦闘は常に数人対数人となる。しかも、ゲーム機の地図上にはない場所なので、チートは使えないはずだった。まあ、どこにいるか知らせなければ相手も動けないだろうから、伝令をやって、甲村にいることを知らせてやった。
帯刀が来たらゲーム機を渡して降参する、と言ってメモリーカードが入っていない空の機械を渡す。上手くいけば皆の命は助かるはずだ。機械を失った千寿になど敵に用はないだろう。でも、それは最終手段。ゲーム機とゲーム機の化かし合いのような不毛な争いをやめることこそが本意である。だが、敵側がそれに応じるかどうかは甚だ疑問であった。もしも、兄の昌興と敵の親玉・敷山隆邦(噂通りの義理堅い人物であったのならば、だが)との話し合いならば、きっと折り合いがつくはず。両家で仲良く天下を分け合ったっていいではないか。というより、それ以外の道はないからだ。
しかし、千寿が昌興にゲーム機のことを話せないでいるのと同様、恐らくは敷山隆邦も知らないのだろう。二人はちょうどいま、将来をかけた大合戦の最中だったが、それは単に、自らの国と民とをまもるためだけの戦いであった。妙なゲーム機を手にした謎の身内が背後で操っているから大事になっているのだ。もしも彼らがそのことに気付いてくれたなら。
(そうか。高祖なんかではなく、直接兄上と敷山隆邦に話すべきだったんだ)
今更ながら、千寿はそのことに思い至った。
恐らく、ゲーム機の存在を知った二人は、この禍々しいシロモノを高祖と千寿の目の前でぶち壊してしまうに違いない。後はそれこそリアルプレイで決着をつけるだけだ。どちらが勝っても恨みっこなし。負けた側は勝った側の配下となって、より強大化した勝者がこんどこそ本当に天下を狙う。そう言う事だ。
村の中で一番というあばら屋の中で横になりながら、千寿はあれこれのことを考えた。山口館の庭で山田に出逢ったこと、元の殿様を騙して兄を西国の覇者と呼ばれるまでにしたこと、そして、山田なんかが来る前、隆房と知り合ってそういう仲になったこと……。
「おい、起きてるか?」
直幸の耳障りな声が、千寿の物思いを瞬時にかき消した。
起きてるかと尋ねつつ、この無粋な男は返事もきかぬうちにもう室内に入って来ていた。
「何なの?」
起き上がってむくれている千寿の前に腰を下ろし、直幸はいつになく真剣な表情だった。
「俺、すごいこと考えたんだけどよ、お前が敵の妖術使いと対決する時、万が一のことを考えて、俺が身代わりになろうかな、とか」
「は?」
「つまり、俺が総大将にして昌興様の弟、お前はただの家来になってそいつとあえば、いきなりバッサリやられるとしても、俺のほうだ。ただの家来なら許してもらえるし、そもそも、お前が本当にその男と会って話し合いをする必要もない」
やだ。こんなのが替え玉なんて。千寿は思ったが、あまりにもなので言わなかった。
「気持ちだけは受け取っておく。でもこれは遊びじゃない。敵は妖術使いだ。変装しても無駄だよ」
「うーーん」
直幸はとろい頭で真剣に考えているようだった。
「つまりは、お前にもその能力があるんだろ? 今その親玉はどこにいて、何をしているのか、見えるのか?」
(見えるんだけど。城から出ていなければね)
その後も直幸はあれこれと馬鹿な話をしながら出て行こうとせず、結局千寿は一睡もできなかった……。