第七十一話:ラブラブ2×××年

2×××年、首都圏某所。
鷲塚昭彦は今も昔も変わらぬ恋人たちの待ち合わせスポット、「駅前広場噴水の前」にいた。営業日の昼休み時、本来ならば流行りの平成時代的立ち食い蕎麦屋でざるそばをすすっているはずの男が、なぜこんな場所に? 「若者たち」と同じく誰かとデートの約束をしているのだと仮定しても、昼休みは30分しかないのだ。きゃぴきゃぴケラケラの若いカップルたちが視界に入るたびに、何やら異世界にでも来たような気分になる生真面目な男。若者たちは多分、なにあの場違いなおっさん、とか後ろ指指しつつヒソヒソ囁き合っていることだろう。
そこへ、ハイヒールの靴音高く駆けつけて来た、これまた場違いな美女。
「ごめんなさい。お待たせしたかしら?」
若者たちはその美女を目にするや、ヒソヒソどころか大声で喚きだした。
――嘘、あれ、あの北条綾香じゃない?
――はぁ? 誰だ、それ?
――ほら、あのホテル王のアホ息子と離婚したっていう美人社長……。
――へぇ、オバサンだけど美人~有名人見たらカシャリだよな。
そこここでスマートフォンを片手に何やらメッセージを送信しまくっている若者ら。
ううむ。時が平成から令和に移っても、我々の生活は特に変化がないが、まさか、千年後もSNSというツールが残っており、やはり若者たちの生活はそれらにべったりであるなど、俄には信じがたい。恐らくは、似たようなものはあっても、性能は現在と比べものにならぬのだろう。
あっと言う間に駆けつけた報道陣たちに囲まれて、鷲塚と木下綾香は完全に動けなくなってしまった。
「木下社長、そちらの男性は?」
早速取材開始するゴシップネタ記事専門女性記者。これとても、我々の時代とまるで変わらぬではないか……。
恐らく、これまでも数え切れないほど、これらの連中に取り囲まれてきたはずの木下綾香は、平然としている。顔にはにこやかな笑みすら浮かべて。だが、ただのそこらのタイムマシン技師にすぎない鷲塚昭彦はこの状況に面食らってしまった。あの、周防国山口城下で大量の野次馬に囲まれた時ですら動じなかった彼が、自らの住む時代で、かえって「恐怖」を覚えている。
そもそも、木下綾香は常にこれらの連中から追いかけ回されているのだろう。だからこそ、あしらい方も心得、微動だにしないのだ。だとしたら、こんな真っ昼間に、駅前広場の噴水前なんぞに現われたら、こうなることは分っていたはずだ。だったら、なぜこんなことを? 女性、それも、有名人である彼女にとって、そこらのタイムマシン技師なんぞとの関係をあれこれ詮索されたら迷惑なはずだ。それなのに……。
「この方は、私のフィアンセです」
鷲塚を指さして淡々とそう告白した綾香に、報道陣はどよめき、野次馬と化したデート中の若者たちも呆然となっている。この言葉が発せられるまでは、鷲塚に対して、じつはさしたる関心もなかったらしい記者たちや、テレビカメラマンたちは今度はこの男に釘付けとなり、一斉にカシャカシャいう撮影機材の音が鳴る。
「北条社長……いや、北条氏との離婚からまだ一ヶ月ですが、半年過ぎたらこの方と再婚なさる、そういう意味でしょうか?」
どこかの女性記者の問いかけに反応し、今度はまた、綾香に向かって一斉にカシャカシャ音だ。
「そういうことです。私を大昔のような『政略結婚』から救い出してくださったのはこの方ですから」
毅然として答える綾香。
「救い出してくださった、とおっしゃるのは、この方があなたに『経済的援助』の手を差し伸べたという意味ですよね? あの日光小粋旅館の株式は……」
まずい……。鷲塚の本能がそう告げた。
株式を買った金の出所は「密売」によるものだ。彼に対して取材攻撃が始まったら、それらのからくりまで炙り出されてしまうではないか。鷲塚は、木下綾香が衆人環視の下、全世界ネットで中継される中で、女性の側からプロポーズしてきた、というミラクルに気付く余裕もなく、千五百年前ではなく、現代の牢獄に捕らわれる自らの姿に怯え始めた。