第七十話:対決

城井谷城で千寿が三十万の軍勢を「捏造」したことは、もちろん、髙祖帯刀にはバレバレだった。
(小賢しい小僧め)
だから、帯刀は大内辰子と一条恒持の件などにかかわっているヒマはないのである。しかし、思うにこの「ゲーム機」には、かつて千寿も山田に文句をつけていたように、あれこれの矛盾が存在する。正確には、矛盾というより、機能が限定されているがゆえに、痒いところに手が届かない仕様になっていることだった。適当に遊んですぐに飽きてしまうような連中にはどうでもいいようなことでも、ヘビーユーザーにとってはとんでもない不具合に感じられる。
今まさに、こんな「子ども騙し」のシロモノを使って、リアルの国取り合戦をやっている者たちからしたら、それはほとんど「致命的」といってもよい不具合であった。
つまり、どこにだれがいるか「見える」のはその人物が、ゲーム内に存在しているからであり、どこに天変地異を起こし、どこの兵力を削るか考えて楽しむためには、それらの「どこ」にあたる地名がゲーム内に存在しなければいけない。
よって、大兵力は城の中でなら敵味方とも「増やし」「減らす」ことが出来るにもかかわらず、城外へ出てしまったらもう手出しできない。千寿が苦労して兵力を水増ししていたとき、帯刀は大内辰子夫妻と対峙する敷山多江に付き合わされていた。甲だの乙だのいう村落に敵兵が大量に配置されていると知ったのは、すでにそれらのまがいものの大兵力が捏造しつくされ、潜伏先に到着した後、それもゲーム機画面からではなく、リアルの「物見」から報告を受けたときだった。
「ざっと見積もっても……五万はくだらないかと」
この全くおなじ報告をそれぞれ四方八方に送り込んでいた六人の物見たちから受けた。つまり合計三十万だった。一瞬、そのからくりが分らなかった帯刀だが、すぐに納得した。城井谷は「空」になっており、千寿はもちろん、相良武任も徳山直幸も居場所が確認できない。城内にいないからだ。
敵が三十万ならこちらは六十万にしてもいい。九州の地には敷山家の城のほうが圧倒的に多く、ほとんど「統一」したも同然。周り一面の城から五万ずつ出せば、それこそ、敵をひねり潰すことが可能だろう。千寿の作っては隠すやり方で、たった一つの城だけで作っていたら、数の上でこちらを上回ることは永遠に不可能である。そうなるまえに、味方が城井谷に着くだろう。
とにかく、今すぐにあの小僧を亡き者とし、敵方のゲーム機を奪い取るのだ。そうしないと、この対決はいつまでも終わらない。主・隆邦の命は多江とともに、有川昌興の本隊との決戦に向かった味方の背後を守ることであった。だが、正直、帯刀は隆邦の背後などどうでも良いと思っていた。ピンチになれば、捏造でなんとでもなる。その意味では、勝敗の鍵を握っているのは当主・隆邦の本隊などではなく、帯刀の手の中にあるこのちっぽけな「きかい」のほうだ。ならば、敵のほうでも、要となっているのは千寿であって、たとえ有川昌興が武勇防長随一であろうとも、そんなものはまったく無意味であった。
今にも城井谷へ向かおうとしていた帯刀の元に、家人が来て、何やら困惑した風に告げた。
「あの南蛮の客人が戻ってこられまして……」
「何? 先程帰って行ったばかりではないか」
「それが……儲けが少なすぎるので、もっとお宝を寄越せ、などと言っておりまして」
「くだらん。ありったけのものを渡してやれ」
帯刀は家人を無視しようとしたが、そうもいかないようなのである。
「じつは……。有川昌興は茶器だのの骨董に関心がなく、あの大内辰子という女もそうですから、城の中にはかき集めても前回あの男に渡した分しかありませんでして。今、城下の商人達を呼び集めておりますが、とてもじゃないが、あの男を満足させるには足りません」
なんと貪欲な。あの山田、いや鷲塚は無料奉仕ですら千寿を助けてくれたというのに。まあ、金銭欲に目が眩んだ男と取引していることは分っていたので、家中ではつとめて相手が喜ぶような品を集めておくようにしていた。しかし、落としたばかりの敵の城、それもそのような「骨董品に関心がない」連中の縄張りで貴重品を集めるのは確かに面倒である。先程も、明らかに相手が不服であると知りつつ、戦の最中だから勘弁してくれと説得したところだったのに。帯刀は「骨董品」も金子や兵糧、それに、兵力のようにたちどころに「捏造」できれば良いのに、と嘆いた。ゲーム内イベントでいくら商人から骨董を買い占めたところで、そこはリアルには反映されない。増やせるのは金銭だけだから、城内に悪徳役人・相良のような人物がおり、コツコツと買い占めていない限りは即座には集まらない。加えて、恒持・辰子夫妻は善政をしいていたようで、悪徳商人や賊の類いすら見当たらなかった。
「仕方ない。私から直接話そう」
帯刀が南蛮人との会合に向かった隙に、千寿たちの様子を見て見よう。