第六十六話:『女社長とエンジニア』

2×××年。

鷲塚昭彦は、北条綾香のための金策に走っていた。考古学研究室の学者連中も、今が稼ぎどきと必死だったから、それに便乗する形だ。なにせ、これまで、縄文土器など、全く振り向かれもしなかったのに、今は、どこが良いのか分らないがとんでもない流行りものとなっていたからである。

最初、それらのあからさまな「密売」のための「航海」を黙認しつつも、それに参加はしなかった鷲塚が、急に目の色を変えて掴み放題を始めた。学者たちは、この真面目な男もとうとう金欲しさに本性を表したと感じたが、何しろ、自分たちの持ち帰りの現場を全て知られている訳で、やめろとも言えない。

よって、かつて吉田が歴史学研究室でやっていたのと同じように、操縦士と研究者がグルになって密売に精を出す、という状態になっていた。

勿論、考古学研究室は、ここだけではなく、全国各地の研究室が一斉に行っているから、そのうち、供給が需要を上回り、その結果、売値が暴落してしまった。こうなると、もう商売にはならない。

今回、鷲塚は、西島のような鑑定士を頼らず、持ち帰った品物は、研究者たちのルートから売りさばいてもらった。その分、手数料は取られたが、お互い様なので口止め料は発生しない。まあまあの儲けが出た。

そして、航海した回数が物凄かったから、それこそ、今にも起業できそうな額を遙かに超えていた。しかし、彼はそれを全て、黙って北条綾香のために貢いでしまったのだった。

北条綾香は鷲塚から「借りた」クレジットで、小粋旅館の株を買い集め、それが50%を超えたところで、この「金銭上の相談」は一応の解決を見た。

「あなたのおかげです。鷲塚さん」

最後のクレジットを受け取った北条社長は、しっかりと鷲塚の手を握りしめた。

そう、二人は、あくまでも、ビジネス上の付き合い。結局の所、北条社長ではなく、鷲塚が代わりにこのホテルを買い取ったようなものである。

「後は私に任せて下さい」

綾香はそう言って、鷲塚の前から姿を消した。

数日後。北条社長から、一通のメールが届いた。

早速中身を見た鷲塚は、そこにURLが貼ってあるだけで、何一つ書かれていないのを見て不審に思った。

これはまた、随分と古くさいスパムメールではないか。いくら、あの北条社長の名を騙っているからといって、こんなものに欺される鷲塚ではない。しかし、即削除しようとしたとき、ふと気になったのである。このような詐欺の手口は、たいてい、このURLを踏ませるために、巧妙な仕掛けが施されているのが普通である。

どこかの有名な企業を騙っていたり、友人のふりをしたり、あるいは、社内文書のように見せ、そして、その詐欺サイトへと誘導する。しかし、このように、何もないところにただURLだけが貼ってあるのは、どういう意味なのだろうか? こんなものをいきなりクリックする人間も、まずいないだろうに。

これが、普通の一般人であったら、絶対に真似をしてクリックなどしてはいけない。しかし、鷲塚はエンジニア。仮に、ウイルスサイトを踏もうが、詐欺に巻き込まれようが、すぐにウイルスは駆除できるし、相手の詐欺サイトも解析して通報可能。

そう、鷲塚はちょっとした「好奇心」から、このURLをクリックしてしまった。

すると……そこには、大きな青い文字で『女社長とエンジニア』という文字が飛び込んできた。

(なんなのだ、これは?)

『女社長とエンジニア』というタイトルの脇に、「作者:宮下碧」とあった。そして、その下には「目次」とあり、「第1話 出逢い」「第2話 電話」「第3話 出張」……と、なんと56話まで続いていた。どうやら、web小説というものらしい。こんな物を読む趣味のない鷲塚にはとうてい理解しがたい世界である。

調べると、そもそもここは「物書きになろう」という、小説投稿サイトなるものであると知れた。この「小説」は、そのサイトに投稿されていたのだ。