第六十五話:滅亡

さて、同じ頃、筑前の大内家では……。

有川家が今にも攻め込んでくるとの噂を聞いて、やる気がない上に臆病な殿様は生きた心地もしなかった。

「冷泉はおるか」

「御前におりますが」

冷泉隆豊はもはや付き合いきれないと悟りつつも、行く当てもなく同じ主の元に留まっていた。

この頃には、城井谷の城主だった杉興運の一族は城を棄てて、有川家に寝返っており、もはや城主の人選にも事欠く有様。しかし、冷泉に去られては困るので、御前に残し、豊前、筑前の各城にはそれこそ名もなき将がつめているだけであった。

「敷山家は動かぬのかの?」

豊前・久津尾崎の本陣には、敷山家一門の敷山詮胤父子が入っていたが、当主の隆邦は豊後・府内館にいるようだった。

陶隆房が造反したら、それを合図に周防に侵攻を始める手筈、などということは、もはや情報収集能力もゼロに近くなっている大内家では調べようもない。

殿様は深く溜息をついて、呟いた。

「わしが頭を丸め、あの戦馬鹿に『降伏』すれば、戦になって皆殺しにされることは避けられるかの?」

「どちらの『戦馬鹿』で?」

冷泉が呆れ果てたように、聞き返す。

「む、どちらの、とは?」

「『戦馬鹿』は二人おります。もしも、周防の戦馬鹿の事を言っておられるのだとしたら、確かに周防の戦馬鹿からは皆殺しにされることはなくなりますが、今度は豊後の『戦馬鹿』によって皆殺しとなりますぞ」

「な、なに!? し、しかし、敷山家とは、盟約が……」

もう、こうなると、構ってやる必要はないと思うのだが、冷泉は「哀れ」と思って、説明してやる。

「『盟約』というものは、守る為にあるのでは? 有川家を討つ、という『連合』に入っている我らが、勝手に有川家の配下に入れば、約定を違えた、として『連合』に入っている連中全てから襲われます。雑魚が出る幕はございませんから、当然盟主の敷山家に倒されることになるでしょうな」

そんな話をしていた時である。伝令が慌てふためいて、駆け込んできた。

「有川昌興率いる二十万の軍勢が、我らの中津城に向かっておるよしにございます!」

もう、殿様はすでに知らせを聞くまでもなく、冷泉の先程の話で腰を抜かしているから、あとはもう、気絶するくらいしかなかった。

「に、にじゅうまん、であるか……

これが、最後の言葉であった……。

千寿が捏造を加えるまでもなく、大内家の城は大軍到着の知らせを聞くやいなや、次々と降伏した。しかも、それらの城を守っていた名もなき将たちは、そのまままるごと有川家の配下となり、主が残る立花山へと逃げ帰って来た者は一人もいなかった。

昌興は、豊前・城井谷城に入り、立花山攻めは一条恒持・辰子夫妻に一任した。山口にいた千寿はこれらの状況を確認しつつ、元大内家の城を次々に捏造。旗印が有川家のものに替わると同時に数値を直したから、恐らくは目の前で建て替わった城に、度肝を抜かれた将兵も数多かったはず。しかし、もう、そんなことは構っておられなかった。

運良く、昌興はその現場を目にすることはなかったのだが、なんの力も残っていないはずの大内家の城が、あまりにも豪勢な作りであることを見て不審に思った。

「豊前を通ったのは、秋月攻め以来のことだが……あの折、城井谷はこれほどの巨城ではなかったはず。大内家にも戦の準備をする余裕はあった、ということか?」

昌興に尋ねられた、徳山隆幸は、呵呵とばかり笑った。

「城がいくら立派でも、守る将がおらねば何もできぬ、ということですかな

配下の兵達も、これに呼応して笑い出した。

どうやら、武勇には優れていても、他に様々な問題がある、有川家の「戦馬鹿」配下たちには、「軍神」有川昌興の人たらし術の下、この世に摩訶不思議な事など何もない、と思い込んでいるようだった。