第六十三話:偲び逢い

2×××年、栃木県日光市、某所。

昼下がりのカフェテラスで、一人の美女が紅茶を飲んでいた。青いスーツが似合うキャリアウーマン風。彫りが深い西洋人のような顔立ちで、長い髪を項の後ろで束ねている。そう、あの日光小粋旅館の女社長・木下綾香、いや、結婚して木下改め北条綾香その人であった。

どうやら人待ち顔で、時折テーブルに置いたスマートフォンで時刻を確認している。何度も何度も確認するのは、相手が時間に遅れているからではなく、待ち遠し過ぎてのこと。何やら恋する乙女の表情が垣間見える。しかし、今は既婚者のはずでは? これは、もしかして……?

窓際のその席からは、外の様子がよく見える。都内のSF映画そのものの未来都市空間とは違い、ここは「観光地」。よって、何気に一昔も二昔も前の、我々の時代の都会風カフェテラスと同じ。ちゃんとウエイトレスもいれば、レジ係の店員もいた。そして、ちょっとした軽食も、きちんとしたシェフが作ってくれる。

だが、人目がある、ということは、これから彼女が行おうとしている「偲び逢い」にはちと不都合ではないのだろうか?

心配ご無用。むしろ、こちらのほうが、首都圏よりずっと安全である。ロボットだらけの無人喫茶には24時間監視システムが作動している。すべては録画され、一時的ではあるが、記録として残される。しかし、このような「有人」の空間では別であった。勿論、監視システムを取り入れている店舗もある。しかし、この店は違う。それを確認した上で、この場所を待ち合わせ地点としたのだ。

現在時刻と外の様子をかわるがわる確認していた、北条綾香の顔が僅かに朱に染まる。ちょうど、大きなキャリングケースを持った鷲塚昭彦が、店の入り口に現れたところだった。

「目立たぬように」との約束のはずが、大柄なこの男は入った瞬間から、もう目立ちまくっていた。そもそも、北条綾香とて、これだけの美貌であるから、とっくに店員達の目に留まっている。しかも、皆が「どこかで見たことがある」と感じていた。

あれだけ大々的に結婚披露宴を執り行ったのだから、皆どこかで何らかの画像を目にしていてもおかしくはない。しかし、それが、どこの誰であったか、とまでは記憶していないのだった。

「お待たせして申し訳ない」

鷲塚はそう言って、大きなキャリングケースと共に、北条社長の向かいの席に着いた

「いえ、私も今来たばかりです」

もう1時間近く待っていたのに、北条社長は平然と嘘をつく。

「単刀直入にお伺いしても?」

北条社長は先程の恋する乙女の表情を押し隠し、やや冷たいともとれる口調になっていた。

「どうぞ」

鷲塚は答えた。

ウエイトレスが注文を取りに来たから、「同じものを」と答えて、その場を離れさせる。

「お手元にはどのくらい集まりましたか?」

「申し訳ない。お望みの金額には届かなかった」

鷲塚は申し訳なさそうに言った。

「3億クレジットには5000ほど足りない」

北条社長は、ふっと溜息をついた。

「次回の航海では必ずご希望に添えると思うので……その、もう少しお待ちいただけないだろうか?」

北条綾香の「相談」、それも、「金銭的な問題」とは、鷲塚にクレジットを融通して欲しい、ということであった。

前回、1000年前から戻った鷲塚はすぐにも、この「相談」の中身について尋ねようと、北条社長に連絡を取ったが、電話番号が変わってしまっていて、彼女をつかまえることができなかった。それだけではなく、メールアドレスも変更されていた。

何やら胸騒ぎがしたが、連絡先が分らなくなってしまったのなら、もう仕方がない。そんな風に、彼女の事を気にしていた時、なんと相手のほうから、鷲塚の職場にやって来た。

「鷲塚部長補佐、お客さんですよ」

打ち合わせ中に、何やら受付の女子社員からの連絡を受け、それがどこかで見たことがあるような美女である、と聞いた鷲塚は打ち合わせをほったらかして、受付まで走っていた。