第五十二話:刺客

「隆房様ーーいい加減にして!! もう、宇部に帰る!!」

千寿はカンカンに怒っていた。理由は例の「コスプレ」である。

これから四国を平定しようという者が、こんな所で公家の稚児と遊んでいてどうするのだ? だから、江良には寝所のことなど一言も頼んではいなかったのに、要らぬ事を。

しかも、隆房は戦に必要な武具などと一緒に、あろうことか、例の妖しすぎる装束一式も遙々若山から運ばせていた! ここまで来たら、幾ら何でも真剣に戦のことを考えてくれるかと思ったのに、である。

「宇部? 昌興様は今、月山では?」

隆房は千寿をつかまえて、強引に着替えさせる。これでは、ゲーム機の画面を確認することも出来ない。年頃の子どもには、子ども部屋を。父兄には内緒でやりたいこともあるのだ。

「兄上にはもう嫌われてる……父上の所に帰るの!!」

あれほど優しかった兄が自分に冷たくなったのは、全て隆房のせいではないか。それも、こんないかがわしい趣味のためとあっては、これ以上付き合いきれない。父の元に帰れば、当主の弟としての将来は失われたままでも、取り敢えず当主の隠居した父親の息子として……何なのだ? この「身分」は。

「気にするな。兄上に嫌われても我が養う」

隆房はそう言って、例の妖しい笑顔で千寿を見た。その視線に射抜かれると、もう何もかも分らなくなった。かつて大内義隆を迷わせ、今は千寿を狂わせている。

(あーー、もうダメ……。完全やる気なしの公家館……)

そう思いながらも、今宵一夜くらいは付き合ってやっても……などと考えてしまう千寿であった……。

夜半過ぎ。既に、疲れ果ててあられもない姿をさらしていた二人。

千寿は隆房の腕の中でふと眼を覚まし、ゲーム機を思い出した。こんな事をしている間に、また前回のような故障を起こしていたら……。

例の敷山なにがしとやらが、五万の兵力でまんまと九州の小城を落としていたが、その後どうなったのであろうか? まあ、出元の城を破壊してやったから、補給路も尽きて、瓦礫の山と化した城に戻ったに違いないが。敷山一味が手に入れた城は、後で全て陥落寸前に捏造し、九州担当の昌典にでも落とさせれば良い。

そんな風に考えて、もう一度寝ようとしたとき、何やら外に人の気配のようなものを感じたのである。

(……!?)

何者かが、音もなく室内に侵入してきた。全身黒ずくめ。例の岩国忍者砦の連中と同じだ。

思わず声を上げようとしたのと、隆房が跳ね起きたのとが、殆ど同時だった。どうのこうの言っても、やはり武門の出身なのだ。既に抜刀した太刀を手にしている。恥ずかしい公家趣味の御帳の外で、隆房と黒ずくめが太刀を交わす。

相手もなかなかの剛の者だ。見かけはどうあれ、元大内家随一(防長随一は昌興なので)の猛者である隆房と互角にやり合っている。などと千寿は考える。いや、実際には、咄嗟の出来事に頭は空っぽ。ただ呆然と二人がやり合うのを見ていた。それ以外何も出来なかったのだ。

と、その時、何か冷たい物が千寿の首筋に触れた……。それが、太刀の切っ先であると分かり、心臓が止まりそうになる。同時に何者かに後ろから羽交い絞めにされた。そう、部屋に入ってきたのは、二人だったのである。しかも、うち一人は、その姿すら見えなかった……。これが文字通り「忍び」という者であろう。しかし、このような連中が何故? 誰に頼まれて?

隆房はそのもう一人に気が付き、帳の中へ戻ろうとするが、先の男と斬り合いの最中で、抜けることが出来ない。

「機械はどこだ?」

背後の「忍び」が言った。

「命が惜しくば、機械を差し出せ」

(『きかい』って? まさか? ゲーム機の事?)

千寿は全身が硬直するのを感じた。恐怖のせいでもあったが、頭の中が混乱し、常のように情報を分析し、事態を把握することが出来ない。

相手は切っ先に力を込め、更に脅しをかけてくる。

この男が言っているのがゲーム機のことであれ、なんであれ、とにかく、知りたいのはその在りか。よって、情報を聞き出せない限り、脅しはしても殺しはしないはずだ。千寿はだんまりを決め込んだ。

「小僧、命が惜しくはないのか?」

男は押し殺した声で言う。

「ここで死んだら、『きかい』の在りかは永久に分からないよ」

千寿は平然と言ったが、その声はやや震えていた。