第四十三話:それぞれの事情

その頃の、毛利家・吉田郡山城。

比熊山城主・尼子国久率いる三千の兵に囲まれて、早一月。先に落雷によって焼失した天守の補修もままならぬところへ、尼子家屈指の猛将に奇襲され、もはや抵抗するすべはなかった。何しろ、金蔵も米蔵も何故か空となり、その後僅かばかりの兵糧を確保したものの、天守を修繕するに足る金子は集められなかったからである。

本城である吉田郡山を失っては威信にかかわるから、何とか死守したいと思っていたが、もはや、同盟国である有川家の援助にすがるしかない。

しかし、頼みの援軍はいつまで待っても現れなかった。

「昌興殿は、義理堅いお方と思っていたが、こんなものであったか」

元就が溜息をついた時、伝令から、尼子軍が兵を引いた、という知らせがあった。

「どういうことだ?」

「一条恒持と辰子率いる二万の軍勢が、比熊山に向かっているそうでございます。我らを相手にしている余裕はなくなったものかと」

「ふん。そういうことか」

更に、同じくして別の報告が入った。

「有川家の援軍が到着しました」

「随分と遅いではないか」

元就は思わず文句をつけた。

「それで、援軍はいかほど? 率いる将は誰だ?」

「大峰弥三郎とか申すものが二千の兵を率いております」

「何? 二千? 大峰?」

数が少なすぎるし、だいたい、聞いたこともない名前だ。調べさせると、援軍の出元は陶家だと分かった。

「隆房め。役にも立たない援軍で胡麻化したな」

元就は怒りを禁じ得なかった。しかし、考えてみれば、かつて大内家から援軍要請を受けた時、同じようにいい加減な人数で、故意に遅刻して損害を減らしていた自分たちのやり方も、全く同じではなかったか。あの有川昌興のように、当主自ら全軍突撃しているほうが馬鹿なのだ。しかし、あれは、もう、三度の飯より戦という男であるからどうしようもない。

「良いではないですか、父上。とにかく、ここは無事だったのですから」

隆元がのほほんと言った。いついかなるときもこうである。危機管理能力はゼロだが、何やら天然の癒しのオーラを放っている。

元就も嫌なことはすべて忘れた。

「そうだな」

月山富田を除く、尼子家のすべての城が、有川家の配下となったいう知らせを聞いたのは、その後まもなくのことであった。

宇部城では、三枝道憲の差配の元、九州への出兵の準備が進められていた。

昌典は自分の支配下の城が宇部一城だけであるのに不満をつのらせていたが、その後、陶隆房が、敷山と岩国に築城し、勝手に勢力を拡大したと知り、その不満は怒りに変わった。早速自らも城を建てようと思いついたが、すでに、立地条件の良い場所は残っていなかった。

ここで、九州の小城をいくつか攻め落とし、手柄を立てておけば、昌興の覚えめでたく、新たな城を「下賜」されるかもしれない。いや、当然そうならねばならぬのだ。

そこで、早速手に入った戦向きの武将・宇佐美定満と高坂昌信に命じ、手ごろな城を物色させると同時に戦の準備も開始したのだ。

「九州はすべて我らの手中に収めるくらいの心構えがなくてはなりません」

宇部・有川家のブレーンである道憲が言う。

「盟約が切れると同時に大内家の城はすべて落としますが、領地が飛び地になるのは効率が悪いゆえ、やはり先は大友ということになりますね。ゆめゆめ油断なされぬよう」

こんなわけで、戦向き宇佐美&高坂には他に重大な任務があったため、出雲には昌典自ら向かうほかなかった。兵力を一万しか割けなかったのも同じ理由からである。