さて、大地震に巻き込まれた昌興や井上尚正はどうなったのであろうか? 幸いにも皆、掠り傷一つなかったが、目の前で崩壊した巨城にはさすがに驚いていた。

主の無事を確認した尚正は、先ずは一安心した。

「何やら、東国では地震が相次いでいると聞きました。こちらにも同じように、天変地異が多発するようになったのでしょうかな?」

しかし、昌興は他の事を考えていた。

「先ほど、乃木なにがしという者が、『内通の手筈』とか申しておったようだが。そのような話は聞いておらぬ。誰が内通の密約などを?」

「さて……昌典様ではございませんかな? 戦わずして勝つことにこだわりがおありのようですし、此度は珍しく御自ら従軍なさっておられます」

「うむ……」

いかにもあり得る。

「主を裏切り内通などするような輩については後で詳しく詮議するとして、ここは門が開いた。突入する。弘中と隆幸はどうなっておるか見て参れ」

「な、なんですと? 殿、ここはいったん退却し……」

尚正は必死で主の無謀な行為をとめようとしたが。「退却」の二文字はまずかった。西国無双にして武勇防長随一が「退却」などしては、その名にあるまじき行為ではないか。

「このありさまでは、戦どころではございませぬ。当方にも損害が出ていると思われますし、崩壊した城内はどうなっておるかわかりませぬ。将兵の命を危険にさらすおつもりですか?」

「そうだな。一旦本陣まで引こう」

その時、開かれた城内から橋が下ろされ、中から乃木孝盛を先頭に、五百ばかりの手勢が現れると、昌興のもとに平伏した。

「これより先は、昌興様の麾下に加えて頂きたく……」

昌興が尚正らとともに本陣に帰ると、留守を守っていた昌典は何事もなかったかのように平然とそこにいた。

「どうなされたのですか? 全軍総攻撃では?」

「攻めるべき城がなくなったのだ」

「は?」

昌興と尚正は顔を見合わせた。

「あの大地震で、城が崩れたのです」

「地震だと?」

昌典は怪訝そうに言った。

「なんと、こちらは何もなかったのですか?」

同じく、帰陣した徳山隆幸が驚いて聞き返した。こちらは、戦馬鹿のやりすぎで満身創痍といった風情。しかし、本人はいたって元気である。

「地震など起こっておりませぬが」

一同は何やら腑に落ちなかったが、それ以上議論しても無駄であるから、その話はそこまでとした。

「ところで、そなた、乃木孝盛とか申す者に内通の使者を送ったか?」

昌興は昌典に尋ねた。

「誰です、その者は? 私は内通工作などした覚えはありませんが」

昌典の答えに、昌興と尚正は顔を見合わせる。

「あるいは罠であったかもしれませぬな。あの大地震がなかったら、とんでもないことになっていたかもしれませぬ」

尚正の言葉に昌興は不機嫌そうに言った。

「いや。心当たりがある……」

早速、くだんの乃木孝盛を呼びつけた。これまた、徳山隆幸すら霞んで見えそうな、いかにも武芸の達人然とした雰囲気の男だ。勿論見掛け倒しの可能性もなくはないが。しかも、なかなかの美丈夫であった。

「貴殿に『内通』の呼びかけをしたのは何者か?」

昌興に問われた孝盛は何やら不穏なものを感じた。しかし、こんな時のために、きちんと「証」を携えていた。

「殿の弟君直筆の書状を頂戴しましたので」

昌典は身に覚えがない、と言おうとして言葉に詰まった。昌興の弟は自分だけではない……。

昌興は孝盛から受け取ったその書状を確認した。

「これは千寿が、孝盛殿を陶家の家臣として迎えるとの書状だ」

「陶家の、ですと?」

昌典が問い返した。

「あれはすでに、我が弟ではない。隆房殿の一家臣だ」

昌興の厳しい表情を見て、何やら意味が理解できない乃木孝盛も含め、その場の者はみな言葉もなかった。