第三十九話:岩国築城

さて、その頃岩国の忍者砦では……。

そもそも、この忍者砦とは何ぞや? ということだが、要するに実態は山賊。つまり、ここは山賊のアジトのようなものであった。しかし、その頭が忍者であったので、「忍者砦」と呼ばれていた。

砦といっても、単に土塁を築いて侵入を防いでいるだけのもので、規模もたかだか数十人と言ったところ。しかし、頭が忍者なだけに、そこかしこに怪しげな罠やら仕掛けが設置されていた。

先の、弘中軍は、先陣の兵士達が悉くこれらの仕掛けに引っかかり、しかも、誰言うとなく、「忍術を使う」などと喚いたものだから、寄せ集めで臆病な兵士らはそれを聞き、恐れをなして逃亡。全軍総崩れとなってしまった。

「前回は上手くいったが、今回は無理だな。何せ数が多い」

篝火の下、頭が主だった手下と「軍議」中であった。

この頭というのは、何と黒ずくめの覆面姿で、文字通り我々がかくあるべしと想像している「忍者」そのもの。

元々は、とある忍者衆の元で修行をしていたのだが、そこの頭領とそりが合わず、親しくしていた弟弟子とともに逃亡し、この場所に辿り着いた。そして地名を取って、「岩国」蔵人と名乗っていた。弟弟子は鷹丸といい、これもそのまんま忍者姿である。

山賊稼業とは言っても、相良のような悪徳役人や、そのような者に付け届けをしている商人宅などを狙って金品を奪うだけである。しかも、忍者ゆえ、それこそ見張りに見付かるような事もなく、密かに仕事を行うから、盗まれたほうではそれに気が付かぬほど。

しかし、所謂「義賊」とも違うので、盗んだ金品はもっぱら自分たちの飲み食いに使っていた。その後、食いっぱぐれたホンモノの山賊一味のような連中が、次々に弟子入りを志願してきて、いつの間にやらそれなりの規模になってしまったのであった。

「また目くらましの術でもつかったらいいではないんか?」

そう言ったのは、頭に布を巻き付けた間抜け面の男であった。年の頃は四十くらい。

「んだども、あれはほんまに目くらましじゃけ、何万もの大軍相手にはむりじゃろが」

これも、同じように頭に布を巻き付けた男。先の男と瓜二つの顔だが、年は二十は若そうだ。

顔が似ているのは当然で、二人は叔父と甥であった。叔父のほうが矢兵衛、甥は太七と言った。なんと「海賊」出身。先に伊予の河野家に討伐された賊の生き残りで、岩国に流れ着いたのを、蔵人らに助けられたのであった。

幹部と思われるのはこの四名。五千もの大軍を撃退したとは到底思えない面子である。

一同は五万の大軍に囲まれ、情け容赦なく殺戮される味方の無残な最期を思い浮かべ、背筋が凍る思いであった。

と、そこへ、手下の一人が報告にやって来た。

「頭、今、南の櫓のほうに、こんなもんが……」

手にした矢に、何やら紙切れが巻き付けてあった。

「矢文ではないか」

鷹丸が言い、早速中を開いた。矢兵衛と太七は字が読めない。忍者二人は辛うじて読み書きが出来たが、鷹丸には難しい内容は理解できなかった。しかし、その文には延々と長文が書き連ねられている。蔵人にすら読めぬ、所謂「達筆」だ。四人は顔を見合わせた。しかし、最後に、ひらがなで、次のように書かれていた。[br num="1"]「かいつまんでいうよ。こうさんしたら、こがねのやま。ひがしのやぐらにこにだがいるでしょ? すえたかふさはおそろしいなるしすと。ころされるより、こがねのやまだよね? れんらくはひろなかたかかねどのに。とのさまのおとうと・せんじゅ」

「なんて書いてあるだか?」

太七が我慢できずに蔵人に尋ねた。蔵人はそれには答えず、矢文を持って来た手下に言った。
「東の櫓に行ってこい。もしも、小荷駄がいたら、直ぐに知らせろ」