第三十八話:扱いやすい男

広間に戻った千寿は、ちょうど入ってきた弘中隆兼と行き会った。

人が好さそうで、いつもにこにこしている好人物だ。しかし、甲冑に身を包んだ恰幅の良い体躯の男が、今日は何やら尾羽打ち枯らした姿に見える。

「弘中様? どうしたの? まさか、忍者砦でそうなったの? 相手が忍者なだけに、忍術にやられた、なんて馬鹿な事言わないよね?」

千寿が尋ねると、弘中はなぜここに千寿がいるのか、そして、どうして怪しげな稚児姿になっているのか、などという事に思い至る余裕もないようで、その場で頽れて半泣きだ。

「仰る通り、何やら怪しげな忍術を使っているとしか思えませぬ……」

「はあ?」

千寿はあっけにとられた。

千寿が急いで寝所に戻ると、隆房はまたも夢の中だった。

「隆房様ーー早く起きて!! いい加減にしないと怒るよ!!」

「うーん。なんなのだ? うるさいではないか……」

「早く!! 全軍出撃だよ!! もうここは隆房様が自ら五万の大軍で囲んじゃって」

「は?」

さすがの隆房も驚いて目を覚ました。

「忍者砦だよ。弘中殿ではだめだし、兵五千でも無理。どうせつまんない目くらましでもくらってるだけだと思うけど、ここはもう、こちらの本気を見せない限り、相手をつけあがらせるだけだよ。蟻の這い出る隙もないほど囲んじゃって。兵糧が尽きたら、いくらなんでもあきらめて投降してくるでしょ。

もしも、この砦を落としたら、岩国に城を建てるから。他にも何カ所か建てられるの。そうしたら、隆房様もいっぺんで三つ四つの城持ちの身分になれるから。もう、『勲功の割には……』なんて言わせないよ。とにかく早くする!!」

翌日、陶隆房は、弘中と野島父子という三人の武勇に優れた将を伴い、五万の大軍を率いて若山から華々しく出撃した。

「ご武運を!」

門のところで、千寿がそう一礼した。

「うむ」

隆房の顔に妖艶な笑みが浮かぶ。

弘中らは、当主の弟が隆房に臣下の礼をとっている異常さに気がついたが、ここは見許しにした。

ああ、我ながら、「西国無双の侍大将」と謳われるこの英姿。当主の弟すら、我が元に馳せ参じ、その寝所の小僧、いや、配下となったのだ。

隆房は妖しくも美しい自らの姿を想像し、一人酔いしれた。しかも、今は五万もの大軍がその指揮下にある。もう、敵はこの隆房を目にしただけで、驚き、恐怖に打ち震え、その足元にひれ伏すことになるであろう。そう考えただけで、快感を覚え、気が付くと声を立てて笑っていた。

「ふふふ。ははははは……」

弘中らにはなにが可笑しいのかさっぱり分からなかった。それよりも、たかが数十人、多くとも百人程度と思われる忍者砦に、五万もの大軍で向かわねば落とせぬことのほうが恥ずかし過ぎるのだが……。

傲慢な主人を見送った江良は、暫くの間骨休めが出来ると喜んだ。ところが、いそいそと城内に戻ろうとしたその背中を、千寿の声が追いかけてきた。

「江良殿、今すぐ『敷山』に向かって」

「は?」

「は? ではないよ。鬼の居ぬ間に洗濯とか、あり得ないから。この城の中で、誰がホンモノの鬼かよく考えてね?」

全く可愛げのない子どもだ。江良は何やら嫌な予感がした。[br num="1"]「なぜ、それがしが敷山へ?」

「城を建てるの」

「し、城?」

「そう。築城して。期限は二ヶ月。よろしくね」

「よろしくね、と申されましても……」

千寿は当主・昌興の弟だ。しかし、今はどうやら隆房の配下になっているようにも見えるし、そうであるならば、自分とこの小僧とは同格。命令される筋合いはない。しかし、これが、例の「密命」の続きであるとしたら、従わぬ訳にはいかない。だが、「密命」を帯びた使者が一城主に過ぎぬ隆房に傅いている事実はどう説明すれば良いのか。

またも、考え込んでしまい、難しい表情で硬直している江良に向かって、千寿は嫌みたっぷりに言った。

「江良殿くらいの有能な家来なら、『築城』なんて、どうってことないよね? 『築城名手』の特性つけておいてあげたから」

ところが、この言葉を聞いた途端、江良は満面の笑みを浮かべ、まるで別人のように饒舌になった。

「い、いえ、それがしが有能だなどと。いやぁ、実はよく言われますが。ええ、そうですな。築城などいともたやすいことで。『築城名手』? いやぁ、そのような……ふふふ、てれますなぁ。これはもう、それがしならではの名城を建てて来なくてはなりませぬな。それでは、すぐにも支度して出立致します。お先に失礼いたしますぞ。ははは」

江良はあたふたと城内に消えた。この分だと、あれらの無尽蔵の金を使い、すぐさま準備に取り掛かると思われる。

何これ? 顔まずいけど、一応ナルシスなのかな? 千寿は顔をしかめた。何やら、自分で自分の事を「自他ともに認める優秀な人材」だと思い込んでいるようだ。相良とはまた違うが、これまた扱いやすい男だった。

だから、毛利なんかに目を付けられて……。

「毛利元就、その子ども、裏切った家臣、江良。全員殺す」

しかし、ここはまあ、使えるだけ使おう。とにかく、この城は人手が不足していた。