第三十四話:1億クレジットのニセモノ

1000年前の世界から帰国した鷲塚昭彦は、何気ない日常に戻っていた。都内高層住居群の某ビル76階の彼の部屋は、男の一人暮らしとは思えないほど、整理整頓されており、床には塵一つ落ちていない。
清潔感が漂うその部屋では、24時間空気清浄機が回り、更に鏡のようにきれいな床の上を掃除ロボットが這い回っていた。

鷲塚は一人ソファに座ってグラスを傾けていた。つけっぱなしのテレビから騒々しい声が聞こえる。ちょうど、『お宝発見します! あなたの骨董品はお幾ら?』という番組が流れていた。
「さて、今日はどんな素敵なお宝に出会えるのでしょうか? ここは横浜市の山手住居群の82階です」
若い女性レポーターが声を張り上げている。
82階のその家に入ると、ちょうどピアノを弾いている女性の後ろ姿が見えた。
弾いているのは『エリーゼのために』であった……。
「今回の依頼人は、まるでピアニストのように、素晴らしい演奏をしているこの方です!」
そこで、くだんの女性が振り返った。40代半ばくらいの、専業主婦、といった感じだ。容姿は普通。どこにでも居そうなそこらの「おばさん」タイプだ。
「こちらが、キャシー・山本さんです。山本さん、こんにちは!」
「こんにちは」
女性はにこにこ笑っている。
お人好しなご近所さん、だな。
鷲塚はふっと笑った。
「山本さんは、こちらでピアノの先生をなさっておられます。ご先祖は日系人、とのことですが?」
「ええ、そうなんですーー。でも、もう100年くらい前からこちらに住んでいますから、私にはもう日系人という感覚はないんです」
「なるほど」
「でも、死んだ曾祖父は、その、日本人の誇り? サムライスピリットとやらに夢中でして、そこら中から変な壺やら茶碗なんかを買ってまして」
山本さんとやらと、女性レポーターが隣の部屋に入っていくと、何とその部屋一部屋分に、壺や茶碗は勿論、掛け軸やら、日本刀まで所狭しと詰め込まれていた。
「うわーーこれはすごいですね!!」
レポーターのわざとらしい声が言った。
「それで、今回のお宝というのは?」
「ええ、あまりにもこんなガラクタばかりなので、ちょっと整理しようかな、って思ったんです。そうしたら、スゴイ物を見つけちゃって!!」

鷲塚はあまりにもわざとらしいこれらのやりとりにうんざりした。
その後、画面はその女性の家から、テレビのスタジオに移る。
「今回の依頼人は、横浜在住のキャシー・山本さんです。山本さん、こちらへどうぞ」
今度は男性の司会者が言い、先程の山本という女性がスタジオに現れた。
自宅でピアノを弾いていた時とは違う、そこそこ都会的なセンスの良い服装に替わっていた。やはり、全国ネットのテレビに出るとなればそうだ。といっても、先程の、自宅での画面も流れてしまったわけだが……。
「さて、それでは、今回の骨董品を見てみましょう」
司会者が勿体ぶって、何やら布を被せて中身を隠していたワゴンに近づく。
そして、ぱっとその布をめくると、けばけばしい赤色の台の上に、何やら紙切れが幾つか広げられていた。
「これは、一体、どういう骨董ですかね?」
司会者が尋ねた。
キャシー・山本は緊張した面持ちで語り出した。
「死んだ曾祖父は毛利元就の大ファンでして、下手くそな字で、『三矢の訓』なんて書いて部屋に貼っていたくらいなんです。それで……」
鷲塚はそこでテレビを消した。
何という馬鹿馬鹿しい脚色だ!
千寿の影響か、毛利元就の4文字を聞いただけで、虫唾が走った。
ちょうど足元を通りかかっていた掃除ロボットが、鷲塚を避けて反対方向に向きを変えた。

――そんな軽々しく口にできないような秘密のお話は、私にはなさらないで。

木下綾香の最後の一言が未だに鷲塚の耳に突き刺さっていた。

1000年前に行っていたのでなかったら、彼女の電話やメールを無視するなどということは絶対にしない。しかし、よりによって、どうしてあのタイミングで重要な相談など持ちかけてきたのか?

そもそも、例のクリスマスイヴの約束を忘れた時点で、木下社長とは終わったと思っていた。それなのに、相手はまだ、自分のことをなにがしか気にかけてくれていたようなのだ。そうでなければ、「緊急に相談したいこと」などというメールが送られてくるはずがないではないか。
一体自分は何者なのだ? ただのタイムマシン技師に過ぎないではないか。それを、何故偉そうに、訳の分らない捏造された子どもと一緒に「歴史を変える」などと。馬鹿馬鹿しい。
あんなどこの誰がこねくりだしたか分らない捏造人物より、この世界の、確かに存在する美女のほうがずっと大切だったはずではないか。