第三十三話:人材登用

翌朝。城門の脇に立札が立てられた。昨日まではなかったその真新しい立札の前で、通行人が一人、また一人と足を止め、やがてかなりの人だかりとなった。

「これは何だべか? お尋ね者の張り紙だとしたら、なんで人相書きがないんだかね?」

「そうだなーー。普通はおっかなそうな山賊の頭だのの顔がかいてあるはずだがな」

「いんや、何を言うかね? 有川のお殿様が来てから、どろぼうだのおいはぎだのはいなくなったってきいとるぞ」

「ああ、前のへんな殿様は、毎晩毎晩、宴会を開いて、相良とかいう悪い家来を使って民百姓から搾れるだけ搾っていたけんね」

「そうとも。今は租税も要らんし、米すら取られん。まるで神仏のような殿様じゃけん」

「したらば、この貼り紙はなんじゃべか?」

「ふーん。分からんのーー」

文字の読めない民のため、学のありそうな通行人が書かれている内容を教えてやった。

「お殿様が、広く世間に人材を求めておられるのだ。つまり、何か一芸に秀でていればわしもお主らも、お殿様の家来として取り立てられるかも知れんということだ」

「へーー、お殿様のご家来になれるんかね?」

「どんだけの食い扶ちにありつけるんじゃろか?」

「おおーー、もう、畑を耕すことはやめに出来るんか」

「おらも、こんな物売りはしまいにして、殿様のご家来になるだ!」

立札の前には更に人だかりが出来、みなが口々に殿様の御家来衆となった光輝く己の姿に酔いしれた。

「けんど、いちげいにひいでってどういうやつのことだべか?」

「つまり、何か得意なことがあれば、という意味じゃ。残念だが、お主らのようなそこらの民百姓では無理であろうの」

学のありそうなのが説明してやる

皆はがっかりしたが、自分も何かそのいちげいとやらにひいでていないかと、まだその場であれこれと適当なことを言っている。こうして、城門の前はやじ馬で埋め尽くされる事態になった。

その時、それらの人込みをかき分けるようにして、一人の恰幅のいい男が、貼り紙の前に現れた。その男は、暫く貼り紙の文を読んでいたが、その後、迷わず城門の脇に控えている役人に声をかけた。

「もし、それがしは佐久間信盛と申す浪人者。こちらで、人材を求めておると聞き、やって参った次第。どうぞ、お取次ぎを」

「ありゃ、お侍だね」

やじ馬の一人が言った。

「そのようだな」

先ほどの学のありそうな男が応じた。

皆が注目する中、その佐久間なる人物は城内に消えた。

佐久間信盛は相良武任の待つ部屋に通された。

「貴殿が人材登用の面接官・相良様ですかな?」

「いや、それがしは確かに、面接官でござるが、貴殿を召し抱えるかどうか決めるのは、それがしではなく、殿の御一門で……」

相良はこの、仕官希望者のそれらし過ぎる、有能な様子に圧倒され、倒れそうになった。こんなのばかりがやってきたら草履番への道まっしぐらではないか。

そこへ、障子が開いて、十三、四の子どもが入ってきた。相良が慌てて席を譲るのを見て、佐久間という男は何やら奇怪に感じた。

確か、御一門とか言っていたが、このような子どもとは……。正直、この有川などという家については聞いたこともなかったので、一門構成もさっぱり不明だ。あるいは、当主の息子か何かかもしれない。子どもだからといって無礼な態度をとるのは賢明ではないだろう。

「佐久間信盛殿。尾張の織田家では武勇にすぐれた将として、名をあげておられましたな」

その子どもが言った。
佐久間は驚いてしまった。なんと、自分は相手を知らないのに、相手は自分のことを熟知しているではないか。

「はあ、しかしながら、織田家から追放されまして、先ほどまで蝦夷の徳山で蠣崎家に勤めておりました」

「な、なに、蝦夷地だと」

そう言ったのは相良である。

「そのように遠いところから? いや、織田家を追放されたと申したが、なにか問題でも起こされたのですかな? そのようなものを召し抱えるのはどうかと……」

「濡れ衣です。それがしはいわれもなく織田家を追われる身となり、気がついたら蝦夷地に流れ着いておりました」

「ほお……それで、またその蝦夷地からここへはどうやって?」

「それが、その……よくは覚えておらぬのですが、蠣崎家の待遇はあまりにもひどかったゆえ、どこぞ、我が腕を買ってくれる主を探そうと思ったのです」

「ふむ。なるほど、それはよい心がけですな。しかし、長旅でさぞお疲れになったことでしょう? まさか、蝦夷地などから……」

「長旅? いや、ほんの一時、寝て覚めたらここにおりましたが。失礼ながら、ここはどこでしょうか?」

佐久間信盛は、真面目な顔でそう尋ねた。

「はあ? 貴殿はここがどこかもわからないので?」

いや、これは「有能そうに見える」だけの馬鹿ではないか。相良はほくそ笑んだ。寝て覚めたら蝦夷地からここまで飛ばされたなど、平然と間の抜けたことを。やはり、そう簡単に草履番に落とされる心配はないようだ。

「いや、その……気がついたらちょうど貼り紙が目についたものですので。これは天のお導きかと」

佐久間は真剣な表情である。「天のお導き」も、相良のような人間が多用する追従とは違うようだ。
「しかし、こちらは周防の国ですぞ。蝦夷地から一っ飛びなどという事はありえぬでしょうが?」
相良は完全に相手を見下した。