第三十二話:また会う日まで

翌日、山田こと鷲塚昭彦は、千寿と相良武任に見送られて、山口城の城下にやって来た。鷲塚がタイムマシンを停めた付近では、殿様の弟君のお出ましとあって、そこらの町人風情は遠ざけられ、更にその周りを取り巻くように、幾重にも厳重警戒網が張られていた。
鷲塚のマシンは、シールドに守られた上、ステルスモードとなっていたから、悪さを行える者はいなかった。しかし、目には見えないのにその場所に存在していたことで、少なからぬものが、通行中にあるはずのないものにぶつかり、転んだり、どこぞにたんこぶをつくるなどの奇怪なことが起こっていた。
それで、追い払うまでもなく皆、気味悪がってこの場所には近寄らなくなっていた。「相良さまは要らないから」
千寿に冷たく言い放たれ、相良武任は、少し手前で二人を見送った。しかし、万が一にも、山田が千寿を「未来」とやらに連れ去っては困るので、密かに兵士二名とともに、隠れてコソコソと二人の後をつけた。

「ここだ」
鷲塚は見覚えのある場所で足をとめた。
「ステルスモード終了。シールド解除」
鷲塚の指令で、光に包まれたマシンが姿を現し、ついで、その光の膜が消え去った。「うわーーこれが、タイムマシン!?」
千寿は十四の子供なりに、目を輝かせた。
「そうだ。今回は例の同僚の自作だが、次は私も発明・製造するぞ」
鷲塚は得意げに言った。
「うーん。でも、その同性婚の人のほうが優秀なら、次もその人に頼んでよ」
千寿の言葉に、鷲塚は思わずずっこけた。
しかし、確かに、そのほうが安全・確実だし、そもそも、発明家になろうという夢の実現は遥か彼方であった。何しろ、今回のタイムトリップでは、持ち帰るお宝の山がないのだから……。起業の夢の実現には程遠い。
「さて、中国・四国・九州を手に入れ、一日も早く『西国の覇者』となるのだ! いいね?」
「分かってる」
千寿の目には何やら光るものが……。
鷲塚の胸にもこみ上げるものがあった。
「では、元気でな、少年。いや、千寿君」
そう言うと、鷲塚はマシンのスイッチを入れた。
まばゆい光でも出るかと思ったが、単に一瞬にして全てが目の前から消えただけだった……。千寿は何もなくなったその場所で、暫し空を見上げていた。
マシンが空を飛んで行ったのかどうかわからなかったが、最初に出会った時に、山田が空から降ってきたので、何となく、空へ上って行ったのではないか、そう思ったのだ。
暫く、ぼんやりとそこで空を見ていた千寿は、やがてあきらめたように、その場所を後にした。
すると、遥か後方に置き去りにしてきたはずの相良が、すぐ後ろまで来ていたことに気が付いた。しかも、この男は、その場で気絶していた。
「どういうことだ?」
そこに立っていた二人の兵士のうちの一人が答えた。
「相良様があの南蛮人を警戒し、もしものことがあれば……とここまで。しかし、あの怪しげな乗り物を見て、こうなりました……」
「早くたたき起こして、城に来るように言って。やらせることが山ほどあるから」
千寿はだらしなく地面に伸びている相良を蹴飛ばして、そう命じた。
「はっ」
兵士らは直立不動で答えた。

城門の所で、隆房が待っていた。

「おや? 陶様、何か御用でしょうか?」
千寿は意地悪く言った。
今回だけは、隆房の口から謝罪の言葉を聞くまでは許さない。そう、心に決めている。
「例の怪しげな南蛮人は消えたのか?」
隆房は、どうあっても謝罪などするつもりはないようだ。それは、ナルシストの彼にとっては耐えがたいことである。
千寿は隆房の言葉を無視した。
「これから、相良武任をこき使って、兄上の手伝いをするから。隆房様は早く若山に戻って、例の忍者砦とやらを落としたら?」
自分の顔を見もせずに、さっさと通り過ぎる千寿の後ろに張り付くようにして、隆房はその後を追う。
そのうちに折れて、また「隆房様ーー」と腕に飛び込んでくるのに違いない。ここは絶対に譲れない。
しかし、姿を見せてやらなければ、まだ自分に嫌われていると思っているかもしれないから、受け入れ態勢が整っていることを分からせてやらなければ。
しかし、千寿は振り返ろうともしない。完全に隆房を無視だ。
何と、この容姿端麗かつ文武両道で優秀過ぎる陶隆房を視界にも入れぬとは!

そこへ、兵士に叩き起こされた相良武任が駆けつけてくる。
「せ、千寿様、お呼びにございますか?」
「ちょっと手伝って欲しいことがあるの。ついて来て」
千寿は隆房のことは視界に入れないのに、このネズミのほうにはにこやかに話しかけている。
「ははぁ、千寿様の御ためでしたら、この相良、一命を賭してでも……」
「キモい。別に死んだりしなくていいから」
千寿は冷たく言い放った。相良は必死に額の汗を拭う。
「ご無礼を……何なりとお申し付けください」
相良は千寿に無視されている陶隆房を一瞥すると、にやにやしながら、千寿の後に付き従う。隆房も負けてはおられず、その後を追った。