第三十一話:帰国前日

山田ならぬ鷲塚の帰国が遂に明日に迫っていた。牢屋に入ったり、ネズミのような男と交流したり、陶隆房にいわれのない嫉妬をされたりと、様々な想定外のことが起こったが、まあ、そこそこ予定通りであった。

吉田いうところの、やってはいけない諸々の事をやってしまった結果の不具合は、今のところ発生していないことが確認できた。
そして、1000年前の少年に伝えたいと思ったこと、自らのプレイ経験を思い出し、役に立ちそうだと感じたこと、また未来の世界で調べられた情報はすべて伝えた。
後は今後の事を相談し、無事に元の世界に戻れるよう祈るだけだ。

千寿は朝から、何やらそわそわしていた。明日には山田がいなくなってしまう、と思えば、その前にあれもこれも尋ねておきたい、と思うのだが、その一方で、何をどう質問したらよいのか思い浮かばない。
この日に限っては、いつもの聡明さはなりを潜めていた。どうやら、この未来の男と別れがたいと言う思い、辛さ、寂しさのような言い知れぬ感情が、すべてを曇らせてしまっているようだ。
「さて、ほかに聞いておきたいことはあるかな?」
鷲塚は尋ねた。
「うーーん。なんか、沢山あるはずだけど、よく分かんない」
「分からない?」
「多分、これからあれこれいじくっているうちにまた何か出てくると思うんだけど……その、また次に会った時には」
次に会った時、という一言に、二人は暫し言葉がなかった。いかに、ジョニー・吉田の技術が最高水準であったとしても、二人がこうして、二回目の再会を果たせたことは奇跡に近い。なぜならば、「歴史書にない」ゆがんだ空間となっているこの場所に、座標を設定するのは不可能に近いからだ。
今回とて、元々の正しい時代設定に、鷲塚の持っていたリアルプレイソフトのコピーの情報を交え、更に、彼が去った後のこちらの世界で進んだであろう、リアルプレイによる状況変化を様々想定した上での仮想データを付け加えて、吉田があれこれ計算した数値を用いていた。
状況は刻一刻と変わるであろうから、歴史書に記述がないこの世界の座標を、正確にはじき出すことは不可能に近いのだ。吉田によれば、無事に辿り着く可能性は0.3%くらいのものだった。その0.3%にかけた鷲塚を、無事に千寿と巡り合わせてくれたのは、恐らくは、吉田が冗談で口にした、テレパシーのお陰に違いなかった。

鷲塚は、鞄の中から、何やら小型アンテナのようなものを取り出した。
「これは、例の同僚が作った『発信機』というものだ」
「はっしんき?」
「今回は、雲外門同様ソーラーシステムで作ってもらった。だから、これをどこか、君のいる地点の日当たりのいい場所に設置してほしい」
千寿は何やら、疑り深い眼でその怪しげな機械を見ている。
「何なの、これ?」
「私が次に君に会いに来る時、この発信機を頼りにする」
「え? 本当にまた来てくれるの?」
まただ。ぱーっと、あの明るい笑顔が。もう、この人たらしには騙されない。
そう、思いながらも、ひょっとしたら、本当に心から喜んでくれているのかもしれない、そうも思う。いや、思いたかった。
「100%の保証は出来ないが、これがあれば、君が過去のこの世界のどこにいるのか、マシンにその位置情報が映し出される可能性がある」
「保証は出来ない……の?」
「残念ながらそうなんだ。今回ここに来れたのも、奇跡に近い。恐らくは、私と、君に深い縁があり、互いにもう一度会いたいと望んでいた、そのおかげだ。その、私は非現実的なことは信じないほうだが、今回ばかりは信じた」
「縁がある? ふん、お前なんかにもう一度会いたいなどと、我が望んでいたはずはないではないか」
千寿はいきなり昨日までのタメ口を改め、初めて出逢った時のような、偉そうな口調に戻った。しかし、その顔はほんのりと朱に染まり、何やら本心を押し隠すのに必死のようである。我儘な上に、ツンデレではないか。鷲塚は何やらおかしかった。