第二十七話:石見での攻防

山吹城は要害山の上にそびえ立つ。山頂に至る急斜面に囲まれた、天然の要害であった。

石見の銀山の利権を巡り、大内家と尼子家、それに、毛利家なども関わり、幾度も激しい合戦が繰り広げられた。

しかし、現在はその銀山の所有権は大内家にあり、この城を建てたのも大内家であった。まあ、その立地条件から、防御に優れていたことが幸いし、有川家の大軍に囲まれても、多少は持ち堪えていた。

「ここさ、もし、今防御をゼロにしたらどうなるのかな?」

千寿がゲーム機の画面を見ながら、鷲塚に尋ねた。

「兄上は間近に陣を張ってるはずだから、地震に巻き込まれたら怖いの」

「私はリアルプレイをしたことがないのでね」

鷲塚はメガネのブリッジを持ち上げながら、少し考えた。

「城の防御はいじらず、兵糧をゼロ、人口を100にしたらどうかな? そして勿論、敵の士気をゼロに。士気がゼロになれば敵は降伏だ」

「そうなんだ……。大地震に巻き込まれたらって思って、防御をいじれなかったの」

「兄さんのために、文字通り戦のリアルプレイをさせているのではなかったか?」

戦のリアルプレイ。ここではつまり、何の捏造も加えず、昌興自身に無双させる、という意味である。

「うん。だけど、この城、意外に固くて兄上が落としあぐねているみたいで。時間がたっぷりあればほっとくけど、ちょっと問題があるんだ」

「問題、とは?」

「兄上は死んだ義姉上の命日には必ず戦をやめてお墓参りに行くの」

何と、この有川昌興という当主は男やもめか。そう言えば、跡継ぎがないから、千寿を養子にするかも知れないと、あのネズミのような男が。

鷲塚は、千寿の話を聞き、一夫多妻制で、先の大内義隆のような怪しげな人物しかいないと思っていたこの時代に、何とも珍しい事だと思ったのであった。

「では、墓参りのためのタイムリミットが近づいているということか」

鷲塚は少しだけ、千寿の兄に興味を持った。話を聞く限りでは、金儲けの対象にはなりそうもないが、人柄というか、そんなものに関心を抱いたのだ。

「うーん。まあ、地震さえ起きなければ大丈夫だよね?」

そう言ったとき、千寿は既にデータを書き換えてしまっていた……。

石見某所・有川軍の本陣では、当主にして総大将の有川昌興が一人物思いにふけっていた。あろうことか、その手には女人の使う櫛があった。

「……塔子」

その女物の櫛を愛おしそうに眺めながら、そっと呟いた。

こんな具合で、かれこれ小半時。

今日この時に、敵城を落とせねば、約束の刻限には帰城できない。

――大人になったら亥之助様の奥方様になる

――ああ、大人になったら塔子を娶る

そう言い交わした時、亥之助(昌興の幼名)は五歳。塔子は六歳だった。

京から戦乱を逃れて長門に下向してきた公家である三枝智頼。同じようにして都落ちした公家達は皆、公家マニアの大内義隆の元へ身を寄せた。だが、智頼のような聞いたこともない下位の公家では大内家のような名門の世話になることはできなかった。そこへ慈悲深い救いの手を差し伸べたのが、昌興の父・松苑であったことは周知の通り。

今は年老いた隠居である松苑も、当時は義理人情に厚い若武者であった。命の恩人とも言えるその若者に、大切な妹を嫁がせた智頼。こうしてその公家の娘から生まれたのが昌興だったが、一方の智頼の妻も、下向して間もなく一女を産んでいた。それが塔子だ。

二人は生まれ落ちたときから夫婦になることが決まっていたのだが、幼い時から共に過ごしていたので、ままごとの中でもこんな「夫婦約束」を数え切れないほど口にした。

長じて傾城傾国の美女となった塔子と武勇に秀でた美丈夫となった昌興とは、まさに絵に描いたような夫婦であった。しかし、幸せな日々はあまりにも短かった。「佳人薄命」ただその一言である。

戦場ではまさに鬼神のごとき昌興の唯一の弱点は、亡き妻のことなのであった。

徳山隆幸ら諸将は亡き妻の形見に見入る主の姿に、何やら近寄りがたいものを感じ、陣幕の外からそっと様子を伺っていた。

どれもこれも屈強な男達が数人、群がって息を殺す様は何とも滑稽であった。