第二十六話:痴話喧嘩

山田との講義を終え、隆房の元に戻った千寿。

隆房は機嫌が悪い。

「昌興様から、岩国の忍者砦を落とせとの命が下っている。明日には若山へ戻るぞ」

「何なの? 忍者砦って? そんなの弘中殿や野島殿に頼めばいいじゃない? 隆房様自ら出陣することもないよ」

千寿は隆房がご機嫌斜めな理由を知っていたから、わざと興味なさそうにあしらった。まったく、山田や相良でなくとも、当主の弟に対してこの態度は何なのだ? そもそも、二人の関係はそういう主従関係とは無縁なものだと分かってはいたが。

「あと七日したら兄上が戻ってくるの。それまではこっちにいるよ」

千寿の言葉に、隆房はなぜか焦った。

「何? 昌興様が戻られるだと? 石見は兵糧攻めになっていると聞いたが……」

大内義隆は石見の吉見正頼を頼り、高津城に逃れていたが、高津城は有川軍の猛攻に耐え切れぬと見て、早々に隣の山吹城に移った。吉見正頼はじめ最後まで付き従う身内と、迷惑ながら殿様を受け入れざるを得なくなった元々山吹城にいた連中だけがそこにいたが、もはや最初から戦う気はなく、城の中に籠っていた。

「七日後は亡くなった義姉上の命日だから。それに間に合うように石見は落とす予定。まったくあんなところに籠るなんて信じられない。こんなことならもっと早く防御をいじっとけば良かった。山田のお陰でやっとわかったよ。山吹城のほうがいくらか改修数が高かったんだよね。あのキモい殿様にもそのくらいの知恵はあったんだ」

千寿がべらべらと話した、隆房には分からない「改修数」だの「防御をいじっとけば」などの恐ろしい内容や、亡くなった奥方のために昌興がどうでも七日以内に帰国することだのの重要事項は、「山田のお陰で」という六文字ですべてかき消されてしまった。

「隆房様?」

千寿は隆房のなんとも形容しがたい恐ろしい表情を見て、あっけにとられた。一体何を怒っているのだろう? そういえば、また、内緒にしなければならないゲーム機関連の事を言ってしまった。そのせいに違いない……。

「……あの、ごめんね。今のはなんでもないから」

千寿のその「なんでもないから」は、更に隆房の怒りに火をつけてしまった。

「お前、やはりあのいかがわしい男と何かやっているのではないか? それに、あの相良武任まで一枚かんでいる。そうだな?」

「え?」

「あれだけ、長いこと、何を二人きりで話していたのだ? あの男は以前、訳の分からない木戸を売りつけた詐欺師ではないか。今度は何を売るつもりだ? それとも、お前があの男に何か売っているのか?」

「売っている? 違うよ。これは、取引だから。でも、今回は殿様下賜の品がないから、山田はボランティア、いや、無料奉仕を……それに、相良なんて関係ないよ」

だめだ。隆房は完全に怒っている……。

「いや。相良とあの山田とは結託している。お前を誘い出すために、自らに危害が及んでいるかの如く事実無根の書状を寄こしたではないか。相良ごときが昌興様の留守に勝手に家の中を仕切るなど……」

「それは……」

千寿は言葉に詰まった。そもそも、隆房が強引に千寿を若山に連れて帰るなどと言い張るからこんなことになっているのだ。もしも、山口にいたら、相良のようなネズミ妖怪の手を借りずとも、城の管理ぐらい大人に負けないくらい見事にこなして見せる。だが、今は人手が足りないのだ。

今日は、肝心の人手の増やし方について山田に尋ねることが出来なかったが、今後は人手、それも優秀な人材を集めて、戦以外のこともうまく進めていかなければならない。

頼みの昌典は宇部一城で手一杯な上に、造反フラグが立っているから、そちらの問題も早急に解決する必要があった。そもそも、隆房と戯れているような「暇」はないのだ。

「隆房様、この際はっきり言っておくけど、ここは大内家の公家館ではないからね。千寿は隆房様の殿様の弟だから。そのこと、分かっている?」

「つまり、我がお前とこうしてともにいることは、限りなく無礼で、昌興様への不忠にあたると?」

「そこまでは言ってないでしょ。言ったよね? 別に何かのたくらみがあるわけではなく、ただ、一緒にいたいから若山に連れて帰りたい、って?」

「ああ」

「どうして?」

「は?」

「どうして、一緒にいたいの?」

「それはその……お前のことを……」

千寿がよく使っている「愛してる」と言う言葉を使おうとした時、隆房はそれが、千寿がほかならぬあの山田から教わった言葉だという事を思い出した。

「何なの?」

ああ、もう面倒だ! 言葉で通じない時は行動あるのみ。

隆房は強引に千寿を抱き寄せたが、思いがけず、千寿はするりとその腕から逃れ出た。

「本当に一緒にいたいのだったら、今すぐに奥方様を追い出してよ」

千寿は冷たく言い放った。今は山田という強力な味方がいる。隆房が殿様二号なのか、そうではないのか、この際はっきりさせなければ。

「そんなこと、できるはずがないではないか」

隆房は躊躇した。それだけでもう十分だった。

それが、奥方への愛情ゆえにではなく、単に「子作り」のためであったとしても、即答できない時点でもう終わりだ。

「悪いけど、隆房様と遊んでいる暇はないから」

千寿は呆然とする隆房をその場に残して、すたすたと歩いて行く。

「な……」

あろうことか、この陶隆房ともあろう男が、あんな訳の分らない南蛮風情のせいで、いや、こんな子どもに遊んでいる暇はない、などと馬鹿にされるとは!

隆房の高すぎるプライドはズタズタに引き裂かれた。