山田の口から「取引」だの「条件」だのの言葉を聞いた相良は大喜び。どうやら、この南蛮人は話が通じる。そう思って、べらべらとまくし立てていた。

「情けない話、それがしは千寿様に嫌われておりましてな……。今、千寿様は若山におられるのですが、そこで、陶隆房なる男と懇ろになっておりまして。その、この陶という男がとんでもないいやらしい人物でして……」

「その人物なら知っている」

鷲塚は相良の話を遮った。あの妖艶なイケメンナルシストにして、千寿のパートナーではないか。

「あなたとその陶隆房とはどのような関係で?」

「どのような関係も何も……それがしとあやつとは、生来相容れないものがありまして……前のお家でもことあるごとに、それがしを貶めようと……そのせいでそれがしは何度も命を落とすところでした。しかも、今は、千寿様に取り入り……いや、取り入るどころか……ここだけの話……」

一体どれだけの「ここだけの話」があるのか? 鷲塚はこの小男に嫌悪感を抱いた。しかし、これら全てを聞かされてしまった以上、この男の機嫌をとっておかねば、それこそさじ加減一つでまた牢屋行きになりかねない。

相良は話を続けた。

「千寿様は陶隆房の寝所の小僧に成り下がっておられるのですよ」

思った通り、公家館時代からの泥沼がまだ続いているのだ。しかし、これはもう、千寿と隆房との問題だから、身分がどうであれ、第三者からは何も言えないのだが。しかし、1000年前の人間に言って聞かせても、理解できるのはそれこそ千寿くらいのものだ。

「殿様の弟君が一家臣の城に留まっているのは問題ですね」

鷲塚は言った。まあ、それこそ、当たり障りない優等生的回答である。

「そうなのです。今回、貴殿がこちらにいらしたのは、まさに天が寄越した使い。若山から千寿様を取り戻す絶好の機会なのですよ。そこで、貴殿に一筆書いて頂きたいので」

相良はそう言って、文机を指差した。筆と紙とが用意されている。

「これより、若山に使いを出します。それこそ、ここだけの話、殿に万が一の事でもない限り、陶隆房は千寿様を放そうとはしませんので。しかし、南蛮からやってきた貴殿が面会したいというのであれば、あの男も重い腰を上げざるを得ないでしょうからなぁ」

鷲塚は筆を手にしたが、どうも、毛筆は苦手である。だいたい、縦書きにも慣れていない。そこで、胸のポケットからボールペンを取り出すと、横書きで、千寿に宛てて手紙を書いた。

「千寿君。未来から来た山田だ。覚えているかな? 今、山口館(城?)に着いたところだ。私の状態は非情に厳しい。相良という男に脅され、命すら危うい。直ぐにも助けて欲しい」

それから、密売用に用意してある「山田」名義のインク浸透印を押した。

相良はけったいな横文字文を苦労して読み、不愉快な表情になった。

「これでは、それがしが貴殿に危害を加えようとしているように見えるのでは?」

「このくらい書かないと、その陶隆房とやらを動かしてまで会いには来ないでしょう」

「なるほど……」

相良はあっさりと了承し、大事そうに「手紙」を懐に収めた。

「では、これより若山に早馬をやりましょう。暫しお待ちを」

鷲塚は出て行こうとする、相良を呼び止めた。

「申し訳ないが、私の荷物を返して頂けないだろうか? それから、その早馬とやらで、若山へはどのくらいの時間が?」

「二刻半というところですかな」

ややあって、鷲塚の鞄が届けられた。早速、タブレット端末を取り出す。

今回は、ネット検索が出来ない不便さに対応できるよう、『歴史大事典』なるものと、『古語辞典』とを取り込んであった。

鷲塚はにときはんというのが、どのくらいの時間なのか、調べた。

「五時間!?」

使者が着いて、千寿が隆房を説得し、更に同じ時間かけて本人が到着するのを待っていたら、半日以上かかるではないか!

あの元公家館がこのような巨城にかわっている所を見ると、雲外門が残されている可能性は限りなく薄い。何しろ、見てくれはあのようなボロい木戸であったからだ。

鷲塚は、雲外門が奇跡的に残っており、使者が若山に着いたと同時に千寿が瞬間移動してくれることを願った。