第二十話:新たなる主

宇部を出立した有川軍は、電光石火の進軍で山口に到着。とは言え、五万もの大軍だから、最後尾はまだ行軍中であった。先ずは、城下を臨む周防某所に本陣を張った。

この他に、若山の陶軍三万と、一応、櫛崎の青景軍二千が合流予定であった。

慌ただしい陣営の中で、軍議の支度を整えていた時、大内家から使者がやって来た。

「殿、一条恒持と申すものが、お目通りを願って来ております」

「一条恒持? 聞いたことがありませんな。内通希望者でしょうか?」

徳山隆幸が言った。

昌興はとにかく、その使者と面会することにした。

すると、現れたのは、義隆の養子・晴持だった。

「これは晴持様……」

昌興はつい、これまでの習慣で「主君」の養嗣子である晴持に上座を譲ろうとした。隆幸が慌ててそれを制する。

「……晴持『殿』」

昌興はぎこちなく言った。

「御用の件と言うのは?」

晴持は、思わずくすっと笑った。

「お人柄ですね」

そこまでは、確かに大内晴持と、従属国の当主の関係であったのだが、晴持はその場で昌興の足元に平伏した。

「私は、一条恒持と申します。妻の辰子ともども、有川家の配下に加えて頂きたく、こうして馳せ参じました」

昌興にも事情がのみこめた。晴持は一条家から来た養子。恐らくは、大内家の養子であることをやめたのであろう。しかし、きちんとしかるべき手順を踏んで、身分を改める余裕があったのであろうか? 察しの通り、「一条恒持」は、元晴持が大内家の養子となる前の名前であったが。それに、妻の辰子と言うのは?

晴持改め恒持の後から、もう一人の人物が現れた。同じく甲冑姿の武者であったが、なんと女人であった。

「大内辰子、いえ、一条辰子と申します」

言うまでもなく、義隆の娘・辰子である。

あの大地震の後、いや、正確にはその前から、二人は話し合っていた。

有川昌興は義に厚く、信頼のおける人物。更に、戦もめっぽう強い。自分たちが求めていたのは、まさに、このような当主であった。ならば、これを機会に、偽の平安貴族の暮らしはキッパリと捨て、自ら望む道を歩むべきだ。

そもそも、へろへろの公家館が、八万もの大軍を相手に持ちこたえられるはずはない。しかし、義理堅い事で有名な昌興が、娘と養子の内通という信じがたい行いを受け入れてくれるとは限らないので、命の保証はできない。だからこそ、お互いを義理の姉弟の身分から解き放ち、夫婦杯を交わすことにしたのだ。

その後の大地震は予想外の出来事だったが、こうなってはもう完全に、戦どころではなかった。二人は覚悟を決め、その場で夫婦となって、夜が明けたら昌興を頼ることにした。

山口館、いや館があった場所では、もう昨夜のうちから、全員一致で有川家への造反が決まっていたのである。

「これよりは、わたくしも、夫君とともに、昌興様に忠節を尽くす所存です」

辰子は、常のやや傲慢な性格も消え去り、素直に恒持の隣に平伏した。

「どうか、館内の者たちの命をお救い下さい。我らの条件はただそれだけです」

恒持が言った。

「しかし、辰子殿は義隆様、いや義隆『殿』のご息女。お父上を裏切るとの仰せか?」

義隆がいち早く逃げ出したことは、既に昌興の耳にも入っていた。
しかし、養嗣子と実の娘が館内に残っていたのは、意外であった。