第十二話:クリスマスの約束~未来編~

鷲塚昭彦は76階の自室の窓から夜景を眺めていた。全く同じ形態の高層ビルが所狭しと並ぶ単調な景色の中に、色とりどりの光が輝いていた。そう、年末が近づき、通りの街路樹にはクリスマスのイルミネーションが取り付けられていたのだ。こんな子供だましに心躍らせる年ではない、と思いつつ、暫し雑念を忘れて光の海に見入ってしまった。

テーブルに置かれたスマートフォンの着信音に、鷲塚は我に返った。

着信画面に「木下綾香」とある。

「木下社長」

「鷲塚さん、今お話ししても?」

美人は声まで美しいのか。携帯電話機を通しても、その心地よい囁きは世の男を虜にする。残念ながら、相手がテレビ電話機能を使っていなかったので、目の保養は出来なかったが。

「はい、どうぞ」

「明日、お時間はありますか?」

「ええ」

「……でしたら、日光においでになりません? 当ホテルの正面玄関でおまちしております」

ああ、小粋旅館などと名乗りつつ、どう見ても高級ホテルにしか見えないあの建物……。社長もあれをホテルだと自覚しているのだ。恐らく、今はやはり、クリスマスのイルミネーションが輝いている事だろう。

「分かりました」

「……光栄ですわ」

木下綾香の最後の一言には、何やら恋する乙女の恥じらいが感じられた。

その、言葉の余韻に浸る暇もなく、鷲塚は溜息をついて、部屋を出た。

鷲塚が向かった先は、ジョニー・吉田の住居ビルであった。

「おお、待ってたぜ。ブツは持ってきたか?」

鷲塚はキャリングケースを開けて中を見せた。約束の7000クレジットが入っていた。吉田はろくに確認もせず、ケースごとすべてを受け取った。

ほとんどがネット決済で済まされる世の中で、現金が使われることは珍しい。たいていが何らかの「理由」があった。それでも、そうした理由がある連中が少なくないので、今も紙幣や硬貨は廃止されていなかった。

もちろん、子供が勝手にネット決済で予想もしない買い物をするような恐ろしい事態を防ぐためとか、主義・思想的に目に見える通貨を愛しているケースもあったので、現金を使っている=犯罪に関わっている、と決めてかかるわけにもいかない。

「で? あんたの条件ってのは?」

吉田が言った時、隣の部屋からジェームスの声がきこえた。

「オオ」とか「ワオ」とか、何やら興奮して喚いている。

「今はゲームにハマってる。カジノに行くよりはましだからな。うるさくてたまらんから防音システムの起動は必須だが」

吉田はそう言って、防音スイッチを押した。本来ならば、1日中音を出しているピアニストなどが周囲を気にせず練習するためであったり、静かな場所で読書を楽しみたい連中が自らの部屋を無音状態にしたりするために用いる物だが、一応どの住居にも完備されていた。

確かにあの、一種動物的な奇声を1日中聞かされていたら、押したくなるスイッチではあった。静かになったところで、鷲塚が切り出した。

「君は私よりタイムマシンの理論に詳しい。いくつか教えを請いたいと思ったのだ」

「へええ、あんたが俺に教えを請う、とはな。あの枯れ朽ちた会社で勤めている分には、あんたの知識で十分だと思うがね。まさか、密売がらみか?」

吉田はやや嘲笑するように言った。容姿は申し分ないし、優秀でもあるのに、そのマナーの悪さや、カミングアウトの結果、能力に応じた地位と報酬を得られていない吉田にとって、完璧なエリート社員をやっている鷲塚は本来気が合わない人種だった。

「ああ、その密売がらみだ」

「まあ、いいさ。あんたのこの金のお陰で俺は助かったわけだしな。なんでも聞いてくれ」

「君は『密売』ではなく、『合法的に』マシンを動かしている。その行先は? 私は今回座標の打ち間違いで、計画とは違う場所に着いてしまった……。研究のために行くのであれば、行先を間違えることはないだろう?」

「なるほどな。より儲かる場所で商売したい、そういうことか」[br num="1"] 鷲塚はそれには答えなかった。

「私は考古学研究室なので、なにがしかの人物に狙いを定めてタイムトリップしたことはない。教授連中からもそのような要求はないしな。だが、歴史学の分野であればそんなことはないだろう。それで気になったのだ」