第百話:エピローグ

有川家の快進撃は、かつての敷山家の「疾風怒濤」などとは比べ物にならなかった。何しろ、高祖帯刀が当主の目を盗んでこっそり悪だくみをしていたのとは違い、当主である千寿自らが大々的に行っているのだ。
北陸道を進む毛利元就と元春父子はすでに東北地方に差し掛かり、畿内を席巻する陶隆房と弘中隆包は名ばかりの将軍・足利家を屈服させ、なおも富士のお山を横目に関東平野にまで進んでいた。彼ら二組の真ん中をとって中部山脈を進んでいた徳山直幸は、千寿によっていきなり山口に呼び戻された。そろそろ我慢も限界に来ていた九州の敷山家を牽制する必要性があったからだ。
これらの快進撃を、それぞれ詳述したのなら、それはそれで何十万文字にも及ぶ長編となるだろう。行く先々に名のある人々がいるのだから、それ相応のやり取りがあったはず。だがもう、そんな時間は残されていない。残念だがそこらは皆の想像にまかせるほかない。とは言え、大地震による破壊と再建、データ改ざんによる敵勢力の弱体化と味方勢力の強大化の繰り返しだから、知略を用いた謀略戦も、武勇を競う大合戦も何もなかった。せいぜい、言及すべきこととしたら、以下の点くらい。
毛利元就の進言で、どうせ皆が「有川昌春は『妖術使い』」などと禍々しい噂が流れているのを逆手にとって、千寿は確かに『術』を使う。だが、それは天命によりこの世に平穏をもたらすために降臨した「選ばれし者」だからであって、用いる「術」は邪術などではなく、「神力」であるというインチキを全国津々浦々に流した。
足利将軍家を潰し、朝廷に「征夷大将軍」とやらをもらい、天下人になるにあたり、陶隆房は大内家の先代がかつて詠んだ富士のお山の和歌を提出し、それに「感激した」公家たちからその「素晴らしい」和歌を聞かされた天子様がお心を動かして先代に高い官職を与えた故事に習え、という命令を受けていた。だが隆房は肝心のその和歌をすっかり忘れてしまい、野蛮にも朝廷に殴り込みをかけて力押しをする、という恥ずかしいことになった。
朝廷のひ弱な公家たちは、陶隆房の傲慢不遜な態度に震え上がり、大慌てで詔を出すことだけが、唯一天子様をお守りする道だ、という結論に至った。いっぽう、弘中隆包は丁寧に説明してくれた。あくまでも彼らは天子様を拝め奉って国を治めていくにすぎず、その役割が足利家から有川家に移るだけであること、今や弱小一大名並に没落している足利家では、物騒な畿内の情勢でロクに天子様をお守りすることもかなわなかっただろうが、今後は戦のない世の中となるので、京も安全で住みやすくなります、と。官吏たちは、なかなかに筋が通っている、と感じ、隆房を無視して、弘中との間で話し合いを続けたのであった。

勢力間の力の差が歴然としており、もはや抗う力もない場合、何とかして「家名」の存続だけでも……と願うのは世の常。有川家なんぞという聞いたこともない一族に、元は将軍家の先祖と一つ枝、などと威張りくさっていた何の力もない連中は、屈辱的ではあるものの「臣従」というかたちを取りたがった。だが、毛利元就以下前線に派遣されていた者たちは、千寿から、その申し出だけは「絶対に承認してはならない。山口に使者を送って直接交渉しても無駄である」と厳命されていた。なぜなら、そのような「手出しできない国」が増えれば増えるほど、合計三十六の国を手に入れる道が遠くなるからだ。
最後に残された「臣従」という道すらも奪われた「敵たち」は、ここは潔く腹を切ろう、と涙した。けれども、先へ進むほど、流れる情報は増えていくから、有川家では素直に降伏した国々の「元」当主を罪に問うことはなく、ほぼそれまでと変わらぬ状態で元の城に住み続けることができる、と噂に聞き、皆、大人しく白旗を掲げることになった。降伏すなわち、こうふく(幸福)となり、それぞれ一度破壊された瓦礫の山を片付けながら、有川家への恭順を続けた。

朝廷の使者は詔を捧げ持ち、仰々しく出発したが、陶隆房の命令で、村上武吉の高速艇に半ば脅迫されたような感じで押し込まれた。もう、「リアル」は飽きた隆房も、残りは弘中に任せて自ら船に乗り込む。行きは仕方なかったが、帰りも「飛ばされ」たくはなかったし、これ以上千寿から引き離された日々は辛い。
千寿としても、さすがに、名前すらわからず、ゲーム機から操作できない朝廷の使者を「飛ばす」ことはできなかったから、一日も早く終わりにしたいという思いで、武吉に「出しうる限りの最高のスピードで」とお願いしてあった。
文字通りの凄まじいスピードに、船旅は初めてであった勅使様はおろか、すでに船には慣れているつもりだった、隆房まで目を白黒させたくらい。それこそ、気が付いたらもう、周防国に着いていた。
使者は出迎えた「当主」が何やら、見たこともない巫女のような服装で、御幣を捧げ持ち神に祈る姿を見て驚いた。
「お待たせいたしました。天下国家、そして、最高の存在である天子様にもご挨拶の祈りを捧げておりました」
「おおお……」
勅使様は何が何やらよく分からなかったが、有川家の当主は「神力」を持っており、その謎めいた力で国を平定している、という噂は本当だったのだろう、と信じた。さらに、帝への衷心も偽りないものであろうと。
勅使様は命じられた仕事を厳かに終え、さらに当主から運びきれないほどの金銀財宝を受け取った。もはや、何一つ問題はなかったが、唯一、帰りは「海賊」の船は使いたくない、という願いも聞き入れてもらえたから、心から満面の笑みを浮かべて京へ帰って行った。

久しぶりに、隆房と二人きりになった千寿は、何やらぎこちなくしている彼の元にすたすたと歩み寄り、そっと手を繋いだ。
「思ったより早くすべてが終わりそうで本当に良かった。これ以上離れ離れは嫌だったもの。何もかもが急なことで、隆房様の気持ちを尋ねる余裕がなかった。でも……信じてくれていたことは分かってたよ。だって、大人しく言う通りにしてくれていたもんね」
大人しく言う通りに、も何も、強引に「飛ばされ」たり、周辺の者がどれほど肝をつぶしたか分からない謎の天変地異を好き放題にやられて、隆房的には文句を付けたいことが山ほどあった。だが、初めて見る千寿の「巫女」のコスプレも気に入ってしまい、何より、こうしてまた会えたことで、嫌な気持ちは吹き飛んでいた。
「これから先は、ずっと傍にいられるんだろうな?」
隆房の言葉に、千寿の目は何やら涙に潤んでいたから、隆房は不安になった。
「それは、隆房様次第だよ。千寿さえ傍にいれば、たとえ天地の果てであれ、そこはどこでもパラダイス? それとも、このまま、当主である千寿の元で、大人しく長門守護を続ける? 『あの男は当主とどういう関係なのだ?』とか陰口を言われながら?」
「な、ぱ、ぱらだ……? そ、それに、『どういう関係』とは?」
「僕たちはあの殿様と千寿みたいな関係じゃないよね。そもそも、あべこべだし。大の男が、当主の寝所に入り浸るとか、それ、無理だからね。だったら、何もかも棄ててどこかへ『逃げる』か、あるいは……千寿のことをきっぱり諦めるか、どちらか一つなんだよ」
隆房は溜息をついた。
「なにゆえお前はいかなる時も、そうやって我に無理難題を出す? しかも、そうやって、どちらかを選ばねばならぬ、そのどちらとも決めることは限りなく難しい難題を。その賢い頭で、もっとマシな策を思いつけないのか?」
隆房の思いは分かっていた。「彼が」天下の主となる。千寿はそれに仕える、そのような形ならば、「この時代」的にはいたって普通だ。しかし、千寿は「山田の時代」の解決法を望んでいる。上下関係なんかどうでもいいのだ。でも、現状、山田の時代の方法が使えないここでは、千寿から隆房への権力移譲という選択肢はなかった。仮に「神託」としてそれを公表してみたところで、さすがに謎過ぎて、受け入れる者はいないだろう。これまでの努力は無駄となり、不審に思った人々はまたしても暴動を起こすかもしれない。
(お願い。隆房様、目を覚まして……)