第十話:鑑定士と密売人

20××年都内某所。

林立する高層ビル群で通りは昼間も暗い程である。しかし、これらは、オフィスビルではなく、全て住居群であった。

高度経済成長にベビーブーム、狭い島国では住む土地を探すのも困難であったが、その後は出生率が低下し、高齢化社会が到来。社会保険制度は破綻し、国は必死で若者人口を増やそうと努力し、高齢者に冷たく若者に優しい政策をとってみたりしたが、無駄であった。

しかし、それももう数百年も昔の話。その後も人口はあるときは増え、あるときは減り、そんなことを繰り返しつつ、緩やかに発展を続けた。

現在は人口4億人。うち3分の1は外国人もしくは他の星系からの移民であった。人が住む空間と、仕事のための空間とは完全に線引きがなされ、人々は全てこうした居住のための空間で、高層化した住居群に住んでいた。

そして、そのような高層住居ビルのひとつで、たった今、76階のバルコニーに、1台のシャトルが停まった。一見したところ、何やら21世紀のテーマパークにあった、足こぎカートのように見えるのだが、実はこれがとてつもない高性能で、この時代の人々の「足」となっていた。

「鷲塚様、お迎えにあがりました」

シャトルから声が聞こえた。しかし、操縦席らしき部分はあるが、中は無人である。

バルコニーに面したドアが開き、我々の見知った人物、そう、タイムマシンで山口館の中庭に降ってきたあのセールスマン・山田が現れた。黒いトレンチコートを着こなし、颯爽とあらわれた山田であったが、その後がいけない。

何やら山ほどの荷物をカートに載せていたのだが、その山が崩れて大変なことになっている。

「鷲塚様、あと2分で出発します」

シャトルが言った。シャトルが喋るはずはないが、他に誰もいないし、声の聞こえた方角、話の内容からしてシャトルから発せられているとしか思えない。恐らく、無人シャトルにロボット機能でもついているのだろう。数百年も経てば、21世紀の我々には想像できないほど技術が発展しているはずだ。

「待ってくれたまえ。やや手荷物が多い」

山田(いやひょっとしたら『鷲塚』なのかもしれないが、紛らわしいので、このまま山田と呼ぶことにする)はカートを諦め、5回ほど往復してやっと全ての荷物を積み終え、彼自身もシャトルに乗った。

「それでは、発車致します。行き先:日光小粋旅館」

アナウンスが済むや、シャトルは一瞬にしてまるで光の速さで、目的地に着いていた。

「日光小粋旅館に到着致しました」

「小粋旅館」などという古風な名前がついているにもかかわらず、それは外資系の高級★5ホテルのようなゴージャスなものだった。

そして、シャトルの到着と同時に、中から三十前後の麗しい女性が現れた。目鼻立ちのくっきりした、どこか西洋人の血が入っているような美女である。

「鷲塚様、お待ちしておりました。西島先生は既に最高級のスイートでお待ちになっておられます。『鈴木一郎』様名義で、お隣の部屋をお取りしました」

「木下社長、お心遣い痛み入ります」

山田はこの美人社長と旧知の仲であるようだ。

「さあ、お荷物をお部屋に。気を付けて運びなさい」

「承知しました」

何やら以前に大流行したSF映画に出てきたドロイドというものに似たロボットが数体、山田が持参した荷物を運んでいく。

「では、社長、後程また」

山田は、過去の世界でも持参していた革鞄と、何やら重そうな紙袋一つを携え、ロボットたちとともにエレベーターに乗り込んだ。

そして、28階でエレベーターは停止し、山田は2810号室と書かれたドアをノックし、一方ロボットたちは隣の2811号室へ入っていった。

「どうぞ。入りなさい」

中から、老人の声が聞こえた。

「失礼します」

山田が中に入ると、豪勢なソファの上に、着物姿の初老の男がどっかりと腰を下ろしていた。髪には白いものが混じり、古めかしい黒縁メガネをかけ、トレードマークのような口ひげを生やしている。

「西島先生、お噂はかねがね……」

「挨拶は要らないよ。とにかく品物を見ようじゃないか。私も暇ではないのでね」

男は山田を制し、口ひげをしごきながら言った。

山田はソファの前のガラステーブルの上に、恭しく紙袋の中から取り出した木箱を置いた。

ひげの老人が箱を開けると、中には壺が一つ入っていた。

「ほお……」

老人は溜息を一つついてから、白い手袋をはめ、何やら虫眼鏡のようなものを取り出して、矯つ眇つ壺をあらため始めた。

「その品は、豊後の大友家から周防の大内家に贈られた壺でして。正真正銘のホンモノです」
山田が説明した。
「なるほど……」