第四章:本懐

招かれざる客

我に「謀反」の疑いがある、とのあからさまな「讒言」が続き、面倒ゆえ病と称して御前に近づく事を避けていた。主は無能なのか、或いはかつて寝所に侍っていた時の誼でも信じていたのか、我が叛意を抱いている、という話を聞いても積極的に動こうとはしなかった。誅殺すべきであるという物騒な注進すら無視された事からも、それが知れる。一方で、我らが決起したところで何も出来はしまいと高を括っていた、というような見方も出来るであろう。

年が明けて、行方をくらませていた相良武任が筑前で捕らえられ、周防に連れ戻されたとの知らせが届いた。すべては我が身可愛さゆえであろうが、大内家を出たり入ったりと、慌ただしい男だ。それこそ、信頼に足り得る「忠義の臣」とはとても思えない。
だが、信じがたいことには、主はそれでもこの男を「重用」することを止めず、再度出仕させたと聞く。ここまで来ると、もはや、あきれて物も言えぬが、どうやら遂に、主も我らの「叛意」を「確信」したと見える。

それから暫くしての事。豊前守護代の杉重矩から使いがあり、我らは密かに会う事になった。元々、あまり馬が合わぬゆえ、周囲からは犬猿の仲とまで言われてきた相手である。更に、家中の対立の輪の中では、むしろ主の側に従う素振りを見せていたから、このような男と会う理由はまるでない。

しかし、どうやら風向きは我が方に向いているらしい事は分かっていた。何しろ、千寿の生前からこの方、御前に侍る者は替わっても、それらの者たちが我と通じていることは代々受け継がれて来ている。よって、相手側の動きはこちらに筒抜けとなっているのだ。

「このような夜更けに、一体如何なる用件ですかな? 伯耆守殿」

年から言えば相手が上だが、官職ではまあ同等である。

杉は居住まいを整えると、周囲に気を配りつつ慎重な面持ちで切り出した。

「単刀直入に尋ねるが、貴殿らの『企て』の話は誠か?」

「『企て』、というのは?」

分かり切った事を敢えて問い返す。杉は更に間合いを詰めると、囁くように続ける。

「相良の『申状』については、聞き及んでおるであろう? 何やらわしが貴殿らと組んで謀叛を企てておる、とか」

例によって、相良の讒言であったが、今度は勝手に出奔した罪を曖昧にしようと、更に大胆な申し開きをしたようである。例の「陶隆房に謀反の疑いあり」という話の中に、杉も一枚噛んでいる、という真新しいことを付け加えて申し述べたらしい。

「もとより我らは、互いに命を懸けて、そのような大それたことを語り合うほど親密ではないはずですが……」

関心なさそうに言ってやると、杉は我の気を引こうと必死に語り始めた。

杉によれば相良の「申状」とやらはこうである。杉は我らの『企て』に関して、御前にて注進したが、主がどうしても聞き入れようとしなかったので、業を煮やした挙句、逆にこちら側に寝返った、という事にされてしまった。また、注進を行った事で相良同様、我らに命を狙われてはかなわぬと、主の側に付くと同時に我らにも媚を売る風見鶏のような行為をしている、とも。

「わしはここで貴殿に斬られることもあり得ると、覚悟の上でやって来たのだ。これ以上は放置できぬ。御館様はいつまで、あのような男をご寵愛めさるるのか、もはや我慢の限界でござる。いっそ、あの男の『讒言』通り、貴殿らに付こうと思うたのだ」

「まあ、味方は多いに越したことはありませぬゆえ」

我はそう言ってやり過ごしたが、そもそも、人と人との繋がりなどこの程度のものである。この男にとっては、現状我らの側に付くほうが、「まし」だと感じたのであろう。

招かれざる客との面会を終えたあと、一人寒空を眺めた。

桜の花が咲くまでにはまだだいぶ時がある。我にとって真に心を通わせることができる相手は、今は「妖」と化してしまった千寿しかいなかった。つぎに会える日はいつなのか、指折り数えて待っている。それがこのところの日課となっていた。

決起

天文二十年(1551年)春。

この時は、若山の我が居城にて千寿の姿を見た。

いつになく艶やかなその笑顔に、我もまたこの上ない喜びを感じた。

――十年後に、仇を取ってね

そう言い残して千寿が世を去ってから、今年が丁度その十年後にあたる。

「秋くらいになりそうだね」

千寿は状況を分析しつつ、「その日」の訪れを予測した。

恐ろしいほど才気渙発な童子は、長ずれば家中第一の策士となった事は疑いようがない。だが、幼くして儚く散ったその生涯は、その華やかな将来を見ることもなく、あの忌まわしい宴の夜に途絶えてしまった。

しかし、その後も我が元で、「参謀」として仕えていたことは誰もが知らぬことである。

悲しい事に、年に一度きりしか会えぬ「家臣」であったが。

千寿と会えるはずの、残り六回はこれで、五回を残すのみとなった。これが何を意味するのか、我には未だに分からない。しかし、残り僅かしか会う事が叶わぬと知れば、その一夜一夜がどれほど尊いものであることか。

「五郎様、ありがとう。つぎに会うとき、正式にお礼を言いたい。でも、今日はお願いがあるの」

千寿は我が膝の上で、愛らしく願い事をした。千寿の兄のもとへ行き、亡き長兄の、形見の品を取ってきて欲しい。そして、それをなるたけ早くやり終えるように、と言うのである。

千寿の兄は我とは異なり、文官として相良らの一派に連なっていた。よって、従兄弟同士とはいえ、行き来することはなくなっている。我は配下の江良房栄を遣わし、この任務を果たすように命じた。

すべては千寿の予言の通りに進んだ。

我らの「謀反」の準備は紛れもなく進行していたにもかかわらず、主は相変わらず何の備えもしなかったようである。ただ、相良武任だけは、その気配を感じ取ったのか、またしても、出奔し筑前へと逃れた。

八月二十日。我らは決起し、厳島と桜尾城を手に入れた。かねてよりの約定通り、毛利家もこれに呼応した。

八月二十八日(9月28日)、我が軍は若山から出陣し、徳地口・防府口の二方面から山口への侵攻を開始した。山口までは二刻半。昼には城下に入った。内藤・杉の両軍も合流し、兵力はざっと一万ほどであった。

一方の主はと言えば、決起の報を聞いてもなお動く気配はなく、能興行などを行っていたと聞く。しかし、さすがに、城下に現れた大軍には怖れをなしたようで、公家館を棄てて多少なりとも防戦に向きそうな法泉寺へと逃亡した。付き従うのは、側近の冷泉を除けば取り巻きの公家くらいのもの。

そして、二条尹房なる公家が内藤興盛宛に、主の隠居を条件に「和睦」を願い出てきたが、我らにはそれらの馬鹿らしい願い出を聞き入れるような「温情」はかけらもなかった。それが二条なにがしであれ、三条なにがしであれ、我らはもう「公家」の顔など見たくもない。そして、これは千寿の弔い合戦でもある。我は殊に「公家」には容赦せず、一人残らず「惨殺」することを命じた。

こうして、公家趣味に没頭し、軍事を顧みなかった主は、なんの抵抗もできずに、ただひたすらに逃亡し、最後は長門・大寧寺に辿り着き、自ら命を絶った。我らの挙兵からその自害まで、僅かに十日ばかりという、他愛もない出来事であった。[br num="1"] 「討つ者も 討たるる者も 諸ともに 如露亦如電 応作如是観」と、何やら聞き捨てならぬ辞世の句が残された。

臣下の礼

我らは相良はじめ主だった文治派の一味、および義隆の遺児を悉く葬り、大友家から旧主の甥・晴英殿を迎えて当主の座に据えた。無論、完全なる傀儡である。この時、我は「一字拝領」で晴の字を賜り、晴賢と名を変えた。天文二十一年(1552年)三月の事である。

千寿はそれが気に入らないようだ。

「五郎様、何なの? その意味のない名前」

残り五回目に我が許を訪れた千寿は、珍しく口を尖らせている。

「呼び方など、どうでもかまわぬではないか」

「そうだけど……」

千寿は我に対して諸々の不満を口にした。何の力もない「あの男」を片付けるために、やるなと言われていた必要のない「根回し」、つまりは毛利や大友と密約を交わした事が気に食わぬらしい。毛利は我らに呼応して挙兵したが、そのお陰で、安芸の国における義隆派家臣支配下の大内領を手に入れた。また、大友は全てを黙認するかわりに身内である晴英を大内家の当主の座に据える事ができた。

そもそも、千寿は毛利親子を嫌っていたし、また、「あの男」を片付けた後の「お家」には、もはや「大内」の名を冠する必要はなかったようである。我が「陶」家の名で、完全に主に取って代われと、そう願っていたらしい。やはり、子供だ。

「無能」な主を片付けた一件について、我はそれを「天道のはからい」とした上、将軍家からもこの新しい主は「正当」なものである、とのお墨付きを賜った。さもなくば、事はややこしくなったであろう。

いずれにせよ、今は暫し煩わしい浮き世の事は忘れ去り、二人きりの時間を大切にしたい。丁度良い事に、我が手元には、機嫌の悪い千寿を笑顔に変えるのに相応しい物があった。

「お前に頼まれていた物だが、無事に手に入れた」

昨年、千寿から頼まれた長兄の遺品は、出仕前のまま奇跡的に残されていた千寿の部屋に、きちんと保管されていた。それは一振りの太刀である。

千寿はそれを手に取ると、ぱっと頬を朱に染めた。

千寿の亡き長兄は、武勇防長随一と謳われた猛将であったが、かなり昔に戦死したと聞いている。我が兄もそうである。大内家も先代、いや先々代には、領土拡大の意欲があり、戦も多かったのだ。

将来を期待されていた千寿の長兄は、ある戦で殿をつとめ華々しく散ったが、その遺品は蒲柳の質であった次兄ではなく、末弟の千寿に託されていた。文武両道に優れた若武者として、活躍する場もあろうかと、そんな夢を託されたのであろう。

しかし、今になってなぜ、これをここに欲しいと思ったのか。その真意が、我には計れない。黄泉の国に、持ち帰ることができるのであろうか?

「何もかもあいつのせい」

千寿は亡き旧主への恨み言を述べた。何やら遠い目になっている無表情なその顔は、凄みすら感じさせた。我も久々に、これは妖であったのだと思い出す。千寿が言う所のあいつ、すなわち旧主は、もうこの世にはいない。たとえ、どんな恨みがあったとしても、既に本懐を遂げたのだ。思い遺すことはもうあるまいに。

すると、千寿は急に畏まって、我に頭を下げ、滔々と語り出した。

「亡き兄は、大内家の横暴によって殺されたのです。そして、この身も、あのいやらしい男によって汚され、皆に蔑まれる慰み者となりました。尾張守様はその仇を討って下さった。ここに、心より御礼申し上げます。しかし、このことがあなた様に弑逆の大罪を犯させることとなってしまいました。この汚名は正史に刻まれ、子々孫々その呪いが続く事でしょう。それでも、千寿を許してくださいますか?」

「何を言うのだ?」

我は笑ったが、その時、ふっとある考えが浮かんだ。千寿の家は元々長門の国人衆であった。長兄が戦死し、次兄が家督を継いだ時、正式に大内家の配下に組み込まれたのである。旧主への千寿の恨みは、単にその身を弄ばれたというのみならず、己が家を潰されたという屈辱にまみれたものでもあったのではあるまいか。

しかし、まさかそれらに我を巻き込むために、故意に色仕掛けで近づいたというわけでもあるまい。

千寿は兄の遺品を捧げ持つと、我に臣下の礼をとった。

「どうか、これをわたくしと思い、来るべき大戦にお供させてください」

「来るべき大戦?」

何やら常になく改まった様子で言うのを聞き、どうもこれが最後の邂逅であるかのように思え、そう問い返すと同時に、ひしとその身を掻き抱いていた。しかし、我が腕の中の 千寿はまるで、何の感情もないかのように、ただされるがままになっている。

「たとえ、あと四度であっても、また、必ず会えるのだな? 桜の花の満開の下、そうであろう?」

しかし、千寿は最後まで、それには答えなかった。

傀儡

天文二十二年(1553年)春。

義長と名を変えたお飾りの主が鎮座する山口で、千寿の姿を見た。

「何やら時が過ぎるのが早く感じられるな。つい昨日会ったばかりのような気がするのだが」

昨年の今頃、千寿に兄の遺品の太刀を渡し、千寿はそれをまた我に託した。あの日から今まで、息をつく暇もなかった気がする。

無能な主を亡き者とし、当主の首の挿げ替えに成功したものの、どうやら前途は多難であった。ともに決起した杉重矩と内藤興盛のうち、杉のほうは我と仲違いして自害しており、内藤のほうは隠居して代替わりしている。政変の首謀者として重鎮の座に納まるはずの者が悉く姿を消してしまっていた。人手は足りぬし、有能な者となれば、それこそ皆無であった。

そんな中、宿敵尼子家は出雲・隠岐・伯耆・因幡・美作・備前・備中・備後八ヶ国の守護となり、未だ舵取りもままならぬ我らに牙を向けてきた。またしても安芸・備後での戦が再燃した訳だが、政変後の混乱冷めやらぬ家中をまとめるのもままならぬ我らには、出兵の余裕がない。そこで、またしてもこの対処を毛利家に頼らざるを得なかった。

もう一度、兄の形見の太刀を手渡してやると、千寿は嬉しそうにそれを手にして、何やら名残惜しそうに、自らがその下で息絶えた同じ桜の木を眺めやっている。珍しく、此度は無口であった。前回、臣下の礼などとったゆえ、やや堅苦しくなっているのかも知れぬ。

千寿が今も生きていて、「現し身」のままここにいてくれたら……。そうも思う。生きていたら二十七。稚児姿は望むべくもないが、我が傍にいてこの陶のものだか、大内のものだかわからない家を支える事はできたはず。千寿はあれほど賢かったし、こう見えても武門の生まれ、武芸の心得もあった。まだ幼かったゆえ腕力は足りなかったが、筋は良いと感じていた。まさに文武両道に秀でた逸材である。成人したらどれだけの働きをしたことか。

結局、我らは二人して我儘なだけであったのか。

一人は逢瀬に邪魔だから主を殺せと言い、一人はいつまでも美しい稚児姿のまま時が止まればと望んだ。いずれの願いも叶えられたが、何やら虚しさも残るのである。選ばなかったほうの、もう一つの「道」の事を思うたび、我が心は痛んだ。

兄の遺品を手に幼子のように喜ぶ千寿の顔を見ながら、我の物思いは途切れた。年のせいか、千寿を見る目が「父親」のようになってしまう。我らの年の差はそれほどに隔たってしまったのだ。恐らくは、千寿の言う通り、全てが定められたとおりに動いているのだ。今更過ぎたことに思いをはせたところでどうしようもない。

「五郎様は欲張りなんだよ」

ふいに、千寿が言葉を発した。

「稚児姿の千寿と、陶家の策士の千寿はどちらかしか選べない」

どうやら、我が胸のうちはすべてお見通しのようだ。それもそうだろう。この世のものではなくなって、先の事まで全て分るのだから。

「あの時、あの男を殺せなかったのも、欲張りだったから。千寿も欲しいけど、身分も地位も手放したくなかった」

「恨んでおるか?」

千寿は頭を振った。

「何もかも大事。手放しては駄目だった。身分も地位もないところから、天下など望めない……」

「お前の望みは、我が天下を取ることにあったのか?」

千寿が傍にあったなら、それも夢ではなかったのでは? そんな事まで考えてしまうのである。

「そうであったなら、何故自ら命を絶つなど……我が元で采配を振るう様を見ることが叶わなくなった事、恨みに思うぞ」

千寿は寂しそうに我を見た。

「だから欲張りだと……。言ったよね、五郎様に全てを捧げると。『己の命と引き換えに』。あの時欲しかったのは、今のままの千寿。だから、この木の下に自らを閉じ込めた。もうこれ以上、渡せる物はない。約束通りあの男を殺してくれて、千寿の仇を取ってくれて、ありがとう」

兄の形見を抱いたまま、千寿は我が腕の中に身を任せてきた。

「あと三回会えるのだな?」

返事はなかったが、恐らく回数に間違いはないはずだ。

別れたくはないと恨みつつ、別れの時が近付いていた。

今この時もそうであるし、残り三回となった尊い瞬間を永遠に手放したくはなかった。

予兆

天文二十三年(1554年)春。

昨年十月、石見の吉見正頼が挙兵した。この男は旧主の姉婿。義長殿の政権下で最初の反乱であった。そもそも、我らの傀儡政権に不満を抱くものは数多かったが、この男は旧主の「身内」ということで、その「仇を討つ」という大義名分を掲げていた。

我らはその討伐のため、義長殿を総大将に「奉じ」、敵の居城・三本松を攻めていた。我が本陣は城の南にあったが、千寿はそこに姿を見せた。回数はこれで十三回目。残りは、あと二回きりのはずであった。

「五郎様、戦の最中なのに、ちゃんと覚えていてくれたんだね」

またも、月明かりの下、朗らかに笑っている。あれから、十三年。今も変わらぬ艶やかな稚児姿であった。しかし、我はすでに三十四。もはや、戯れもかなわなくなった。嫡男の年齢も、とうに千寿を追い越している。だが、不思議なことに、千寿と会う時は、何やらこの身も十三年前のままであるかのように感じる。

「忘れるはずがないではないか。毎年毎年、この日が来るのが待ち遠しい。そうこうしているうちに、長い時間が過ぎてしまったものだ」

千寿は、それには答えなかった。ただ散る花の美しさを愛でるがごとく、月夜の桜を見上げている。その姿を眺めているだけでも、尊いと思ったが、やはり我慢出来ずに手を伸ばす。そっと抱きしめると、我が腕の中に身体を任せてきた。

「ありがとう。兄上の形見を持ってきてくれて」

千寿は微笑んでいる。年相応の愛らしい笑顔だ。兄の形見を渡した日から、既に二年の年月が過ぎていた。今更の気がするのだが。

「これ、お礼……」

そう言ってから、千寿はその桜の花弁のような口元を我が唇に重ねた。現身でなくなって以来、我らにできるのは、ただ見つめ合い、抱き合うくらいであったが、この日初めて、その唇を重ねた。

貪るようにそれを吸い、まるで、自分が、かつての旧主であるかのように、この美しい童子を弄んでいるような、そんな気分に陥っていた。それだけ歳月を重ねてしまったのだ。

だが、千寿の姿はいつまでも変わらない。このまま、永遠にこの瞬間ときが止まれば良い。そう思った。我もこれ以上は、歳を取りたくないと願った。

しかし、その至福の瞬間に、千寿はふっと我が腕を離れた。

「もう、戻らないと……」

「まだ、早いではないか?」

妖に対して恨み言を言ったのは、これが初めてであった。

春の夜は肌寒い。愛する童子が姿を消した後、我にはその場でやることはなかった。

「此度は石見であったな」

我はふと、そう呟いていた

この後、我らは三本松に総攻撃をかけたが、城を落とすことは叶わなかった。

五月。毛利元就はいきなり我らとの「断交」を宣言するや、安芸の我らの領内に侵攻。佐東銀山城・己斐城・草津城・桜尾城の四城を奪い取り、厳島にまでその勢力範囲を広げてしまった。

我は奪われた城の奪還に、配下の宮川房長を向かわせたものの、折敷畑の戦いで大敗し、房長は敗死。毛利家は安芸の国を完全にその支配下に置いたばかりか、陶家の領国である周防にも侵入して来た。

我らの主力が石見にいる隙を突いての暴挙であった。

大寧寺に始まり、先の尼子家との戦でも、我らは毛利家の力を借りすぎたようだ。結果、いつの間にか我らに匹敵する程の勢力となってしまっていたのである。もはや、これ以上の膨張を見許しにはできなかった。

憎悪

天文二十四年(1554年)春。この時は、若山の居城で千寿の姿を見た。

「来たか……待っていたぞ

残り二回となってしまったと思えば、余りにも貴重な一夜である。しかし、正直、戦の支度で慌ただしい中、のんびりと過ごす心の余裕はなかった。

そのせいか、姿を見るなり、恨み言を言っていた。

「なにゆえ年に一度きりなどと……余りにも少ないではないか。お前のことばかり考えて、夜も眠れぬ日々を過ごしているというのに」

「そうだね……寂しかった。でも、もうじき……」

そう言って、千寿は口を噤んだ。見れば、かつての珠の涙がはらはらと零れ落ちている。

「そうか。やはり、お前とこうして会う事が叶うのは、今日この時を除いては、残り一夜となったのだな……」

千寿はいつものごとく、それには答えなかった。何やら、木の下で舞い踊っている。悲しいのか、嬉しいのか、無表情な顔からはその感情を汲み取れぬ。

「最後は厳島……」

千寿がそう言ったように聞こえたが、これは気のせいであったかもしれない。

こうして毎年、花の季節に会えると知ってから、若山の屋敷の庭園に桜の木を移した。それゆえ、ここはあの山口の公家館より、遙かに見事に咲き誇る花を愛でることができるのだ。しかし、思えばこれまで、様々な場所で逢瀬を重ねたが、約束の期日に若山の居城にいられたのは数えるほどしかなかった。

しかし、我らのこれほどまでに尊い瞬間を邪魔しようとする者がいる。[

十余年にも及ぶ千寿との逢瀬の中で、我が胸にこれほどの憎悪が渦巻いたことは未だかつてない。何故なら、この美しい姿を愛しいと思う時、そんな感情が沸き上がるはずがないからだ。しかし、この時だけは違った。

「お前と約した通り、毛利親子を消すことになった。満足か?」

かつて「あの男」の命令で、吉川元春と盃を交わしたことを思い出す。確か千寿は毛利親子を憎んでいた。久しくその理由が分らなかったが、今は分る気がする。

今や毛利親子も「あの男」同様、我にとっては邪魔な者となったのだ。

千寿は一瞬、かつての凄惨な表情を見せたようだったが、すぐに何やら寂しそうな顔に変わっていた。

「怒っている五郎様、怖いよ」

千寿はそう言って、我が傍に近寄ってきた。

「会いたい?」

「会っているではないか」

「ううん。ずっとずっと、傍にいたい?」

返事のかわりに、その愛しい者を、我が腕の中にひしと抱きしめた。

「大丈夫。つぎは少し、早く会えるよ」

そう言って、千寿の姿は見えなくなった。

つぎは少し、早く会える。その言葉を嬉しいと思ってよいものか。千寿が消えた辺りをぼんやりと眺めながら、そんなことを考えた。早く会いたい。そう思うが、それが、遂に最後の一夜となると知れば、いつまでもその日が訪れぬことを願う我の姿があった。

厳島

天文二十四年(1554年)十月一日。安芸の国厳島。見えるのは打ち捨てられた唐花菱の旗印と逃げ惑う兵士ら。それとは反対に勝ち鬨をあげるのは、一文字三星の旗印である。

毛利家の奇襲を受けた我が軍は、総崩れとなった。

二万余の大軍が狭い島内で進退窮まる中、何とか大元浦まで逃れたが、既に毛利軍の手で舟は焼き払われており、島を出ることはかなわなかった。

僅かな手勢と共に、なおも舟を求めて大江浦まで辿り着く。しかし、やはりそこにも舟はなかった。

「もはやこれまでか……

島を出ることができない以上、ここで毛利の手に落ちるほかない。

先年、我らが石見の三本松を攻めていた折、毛利元就はその隙を突いて我が領国に攻め込み、安芸の国全てを「平定」した。元は大内家に従属していた毛利家は、「悪逆の企て」を抱き、我らとの関係を断つと、この「猛悪無道」の行いに及んだのである。

奪われたものは奪い返す。毛利ごときに大きな顔をさせるわけにはいかない。まして、厳島は海陸の要衝。むざむざとその手に渡してなるものか。その思いで兵を率い、海路より大元浦に上陸し、塔の岡に本陣を築いていた。

毛利軍はそこを奇襲し、更に味方につけていた村上水軍の手で、我が方の舟を全て焼き払わせた。

思えば、弘中隆包は厳島に布陣するのは地の利が悪いと、背後からの奇襲を懸念していた。その程度の事に気付かぬ我ではない。しかし、この戦に負けるはずはない、という絶対的な自信があったのだ。

何故ならば、千寿との約定では、もう一度、桜の花が満開に咲く頃、あの麗しい姿を拝むことができるはずだからだ。

今はまだ、秋ではないか。我が命も此処で途絶えるはずはない。

そう思い至った時、目の前に申し合わせたかのように、千寿の姿が現れた。

「どういうことだ? 刻限が違うではないか」

驚く我を見て、千寿の顔にも憂いが見える。

――最後は厳島……

――つぎは少し、早く会えるよ

(そういうことであったか……)

あれは、聞き違いではなかった。この場所で、春を待たずに会うことができる、そういう意味であったのだ。

「迎えに来たよ。これからはずっと一緒。嬉しい?」

すぐには返答できなかった。

その僅かの戸惑いに、千寿は恨みの眼差しで我を見た。
「主の寵童と懇ろになり、挙げ句の果ては、その主を弑逆し、更には戦で惨敗して国を滅ぼす。五郎様は、国を傾けお家を潰した大罪人だよ。

千寿は、「あの世」とやらには行かぬまま、暫し「この世」に留まることがかなった。だから、常に五郎様の脇にいることにした。この定めの時を迎えるまで、あの世ともこの世ともつかぬ場所で、ずっとずっと待っていた……。でも、五郎様に千寿の姿は見えない……。年に一度、「命日」の一夜にしか。そもそも、待っていたって五郎様とともに、本当にそのあの世とやらに行けるのかどうかも分らない。

でも、千寿は五郎様の傍に付いていた。いつも。いつでも。いつだっても。

あれ以来、五郎様はまるで気が抜けたようになってしまった。あの涼やかな笑顔も、優しい言葉も、もう聞くことができなかった。だから、いつも隣で泣いていた。すると、五郎様も惚けたようになって、時折目を潤ませていた。それが、他ならぬこの千寿のためと思えば誇らしくもあったけど、でも、傍にあっても声をかけられないこの辛さは到底、言葉には出来ないよ」[br num="1"]

常世の国へ

どうやら、この世の者ならぬ「妖」が望んでいたことは、既にその死が明らかになっていた旧主を葬り去る事だけではなかったようである。千寿の本懐は、また別のところにもあったのだ。我が命が此処で尽きることも当然、とうの昔に知っていた。毛利親子に対する、いわれのない憎しみも、慕い合う者として当然のことであったのだ。その事に触れるたび、千寿は一種凄惨ともいえる表情になっていたことを思い出す。

ただ、傍らに共にありたい。これよりはそれが、毎年一度などという限られたものではなく、永遠のものとなる。

「お前が待っていたのは、この日この時であったのだな」

ふっと胸のつかえが下りていく、そんな気がした。

「うん。ずっと待っていた」

千寿はまた、いつものように朗らかな笑顔になった。

「そうか。我が命運はここで尽きると、とうに定まっていたのだな」

一つだけ、気になった。

我に「あの男」を殺せ、と言ったとき、千寿はまだ生きていた。ならば、それが実現されるであろうことは、まだ分っていなかったはず。それとも、先を見通す力は、あの時からあったのだろうか?

――「八虐を犯した者は、天誅を逃れられない」晴賢の陰謀は「弑逆の悪」である。

毛利元就が、そのように「大義名分」を掲げていた事が思い出される。

黄泉の国というのは、どんなところであろうか?

こうやって、今と同じように、千寿と戯れることはかなうのか?

千寿もまた、「八虐」とやらを犯している。元就の言葉を借りれば、我は文字通り「叛」だが、千寿とて「謀」叛にあたる。極楽浄土に辿り着けるとは到底、思えぬのだが。

「五郎様、何を迷っているの? 怖いことは何もないよ。死ぬのは一瞬。あとは常世の国で永遠に、千寿のものとなれるんだよ」

千寿はそう言って、悪戯っぽく笑った。

「我がお前のものとなる? お前が我のものとなる、のであろうが」

「そんなこと、どっちでも良いよ。とにかく、ずうっと、一緒だよ」

「そうだな。一年に一度きりは辛かった。常に傍らにおられるというのなら、それもいいだろう」

我が何やら一人で呟いているのを聞き、随行する者達は訝しげに眺めている。我ら二人のこの摩訶不可思議なやりとりなど、誰も想像することはできぬだろう。

我は千寿との会話を止め、最後まで付き従った者らと共に、浜を離れ山中に入った。

思い残すことは何もない。死ねばあちら側で会えるのだ。だが、命が尽きたあとの姿をむざむざ敵に晒すのも気に入らぬ。首級を隠すのに丁度良い草むらに近づいたところで、我らは歩みを止めた。

此処を死地と定め、辞世の句を書き遺す。

「何を惜しみ 何を恨みん 元よりも この有様に 定まれる身に」
目の前には、何やら、待ち遠しいような、そわそわした様子の千寿がこちらを見遣っている。

あれ以来、これを千寿と思い、常に身に着け持ち歩いてきた、あの形見の太刀を地面に置いた。

「来るべき大戦」とは、このことであったか。確かに、我の死で、西国の版図は大きく変わるであろう。

(待っていろ。今すぐ向かう)

最後の言葉は、声には出さなかった。千寿の微笑みが見えた気がする。

「やれ」

そう一言、介錯の者に声をかけた。

※本稿の完成は、校正してくださったA様、O先生、応援してくださったZ様の多大なるご尽力の賜物です。
心より御礼申し上げます。先生方の求める完全なかたちとはほど遠いものとなってしまったこと、あわせてお詫びします。ご協力ありがとうございました※

 

 

最終稿完成:2019年09月05日
掲載:「ノベルデイズ」「千寿のモノローグ」「五郎とミルの部屋」等。
今回再掲載で元のドメインに。