第三章:花葬

邂逅

桜の花が満開の時節。我が身は出雲にあった。

一人陣幕の外に出て、月明かりの下で咲く花を愛でる。

花の美しさは何処も同じ。しかし、昨年の同じ頃、我は咲く花の下で、愛しい者を弔った。

今は亡き、その美しく愛らしい姿を思えば、常と同じく咲く花が、恨めしくてならない。

「……様」

何やら耳元で、聞き覚えのある声がした。

だが、辺りを見回しても、姿はない。

「……郎様」

間違いない。愛しいその声を、我が忘れると思うか?

「千寿!?」

「五郎様」

月明かりに照らされて、艶やかな稚児姿が微笑んでいる。

まさか、あの時と同じ、美しい花の下、今は亡き者の幻を見るとは。

「どうしたの? 千寿の事、忘れた?」

千寿の幻は、生きていた時と同じように、朗らかに笑っていた。思わず手を伸ばすと、我が腕の中に飛び込んで来る。これも、生きていた時とまるで同じだ。

「会いたかった」

腕の中のその妖は、まるで生きていた時と同じように温かく、ふんわりとその感触すら感じられた。

「本当に、千寿なのか?」

そんなはずはない。千寿はもうこの世にはいない。他ならぬこの手でその最期を看取ったではないか……。

花見の宴の席で、好色な公家に目をつけられた千寿は、高位高官に目が眩んだ主と公家との取り決めで、一夜だけ「貸し与えられる」事になったという。

「もう、嫌。全部」

会いたい、という文で、満開の桜の木の下に誘い出されて、そのいかがわしい取り決めについて聞かされた。

「五郎様は、結局約束を守ってくれなかった。あいつを殺す、って言ったのに」

腕の中の愛しい童子を強く抱きしめる。例え、妖でも、幻でも、そんなことはどうでもいい。どうせ、夢の中では毎晩のようにその姿を見ている。だが、こうして、手で触れることは叶わなかった。しかし、今は何故にかこうして、我が腕の中にいる。

「あのね、千寿は今黄泉の国にいるの。でも、毎年一度、そう、一度だけ、こうして会うことができる」

黄泉の国? 毎年一度?

「そう言えば……今日はお前の命日であったな」

「やっと思い出してくれたの?」

黄泉の国から来た、という千寿は我が腕の中で、ふふっと笑った。

「会えて嬉しい?」

純真無垢な童子が微笑む様を見て、これまで封印していた思いが解けたかのように、涙が自然と溢れ出る。夢か幻か分らぬが、夢ならば覚めないで欲しい、そう願った。

「恥ずかしい。西国無双の侍大将が泣いている。これから尼子家との大戦が始まるっていうのに」

「すまぬ。お前を守ってやれず……」

千寿は我が腕を擦り抜けて、ふわりと木の下に移っていく。

「良いの。これは、望んだことだもの。ねえ、知っている? 千寿はこのまま年を取る事がない。ずっとずっと、今のまま」

幼くして死んだのだから、もうこの姿が老いさらばえることはない、というのだ。

「すべてを五郎様にあげることにしたの。己の命と引き換えに」

その朗らかな笑顔を見れば、単に永久とこしえに続く一途な思いを示したに過ぎぬかの如く聞こえる。だが、「己の命と引き換えに」という恐ろしい言葉の重さは、今の我には耐えがたい。

「二人だけの時間。もっと大事にして。もう、二度と、あいつに邪魔をされることはないから」

千寿は言った。主を殺すか、己が死ぬか、と。

あの日、我らは月明かりの下、二人だけで、そっと杯を交わした。そして、千寿は我が目の前で、自らの杯の中に、あらかじめ仕込んであった毒をあおった。

何も知らされてはいなかったが、千寿はその日のために、密かに、毒物を手に入れていたようだ。主に一服盛ることもできたはずだが、それはしなかった。初めから、その気はなかったのかも知れない。

「これまでどこにいたのだ? 厳島でお前の声を聞いた気がした。その後も度々、傍にいるのではないかと感じた。そうなのか? 本当に、今も我が傍にいるのか?」

「黄泉の国にいる、って言ったでしょ? 死人の国だよ。傍にいるはずがないよ。五郎様、馬鹿なの?」

「間違いなくこの耳で聞いたのだ。今と同じ言葉も。『馬鹿なの?』と」

「そうだね。心の中にいるのかも。夢の中で会えるのかも。違う?」

千寿は声をたてて笑った。

「いや、お前が、元就を罵る声を聞いた後、元就が落馬した」

千寿の顔がふっと曇った。何やら、底知れぬ憎悪が渦巻いているかのように見えた。そう、確かにあの時、「殺してやる」と聞こえた。

「あの男が、何かお前に無礼を働いたのか?」

「気のせいだよ。そんなに千寿の事が恋しくて、空耳ばかりきいているの? そこまで愛しいと思っているのなら、約束きいてくれるべきだったのにね」

主を殺して欲しい、それが出来ぬのなら、千寿を殺せと。結局、その約定は果たすことができなかった。千寿は死んだが、我が手にかかったわけではない。そして、主は今なお健在だ。

「そうだね。いつでも見ているよ。黒い鎧に白い陣羽織。その妖しくも美しいお姿を。だって、五郎様にはやはり戦場が似合う。公家の宴会でしかめっ面しているのなんて合わないよ」

千寿はそう言って、何やら愛おしくてたまらない、といった風に甘く切ない表情で我を見つめた。

出雲の桜

何が何やらさっぱり分からぬが、どうやらこれは夢ではないようである。夢であるのなら、ここまでの艶めかしい感覚はないし、そもそも、陣中で転寝などするはずがないではないか。

だとすれば、これはやはり妖なのか?

いや、そんなことはどうでもいい。とにかく、今はこうして目の前にいる。先ほどは我が腕の中にいた。もう二度と手放しはしない。

主を殺すのでもなんでも、言われたとおりにする。二度と我が前から姿を消すことがないように。願いはなんでも聞いてやる。そんな風に考える。

しかし、それと同時に、妖と交わることなど、そもそもあり得ないのではないか、とも。

我が思いは暫し乱れ、答えを見つけることはできなかった。

「五郎様、毎年、毎年、会いに来るよ。でも、十四回、いや、十五回しか会えないの」

最後は少し寂しそうに、千寿はそう呟く。なぜ回数が区切られているのか? そう尋ねようとして、やめた。まさか、本当に、これが黄泉の国から来た千寿の亡霊で、毎年命日に現れるなど、俄には信じがたい。

「ねぇ、覚えている? 最後のお願い」

再び我が腕の中に戻り、そう囁いた。忘れるものか。自らの命が途絶えんとする時、千寿は言った。「十年後に、仇を取ってね」と。

「忘れないでね。言うとおりにしてくれないのなら、もう来ないよ」

まさか、本当に主を葬り去るまで、こうやって毎年脅しに来るとでも?

それに、何故それが十年後だと?

「五郎様は千寿を花片でいっぱいにしてくれた。だからかな? こうしてまた、同じ木の下で会えたのは」

木の種類は同じでも、同じ木ではない。ここは出雲の国だ。

あの時、この腕の中に亡骸をかき抱き、惚けたようになっていた我は、ふいにこのままではならぬ、と感じた。そして、冷酷にも千寿をその場に残し、何事もなかったかのように無礼講の席に戻った。

主の寵童が自ら命を絶った場に居合わせた事を、他の者に知られるのはまずい。そのかわり、その亡骸を散り落ちた花片で覆い隠した。我が腕のかわりに、花に抱かれて逝けと。

そして、あの場で悟った。遺された者の使命を。最後の願いは、何としても叶えてやらねばならない。

千寿の死は、例の公家に弄ばれることを嫌っての事、と片付けられた。どうやって毒物を手に入れたのか、何のためにそんな物を持っていたのか、一体誰が、その亡骸を花片で覆い尽くしたのか、そのような障りのある事は、皆が口を噤むことで、闇へと葬り去られた。

無能な主は己のつまらぬ欲望のために、最愛の者を失った悲しみに暮れたが、失った者はもう戻っては来ない。その後もあれこれと、千寿に負けないような麗しい稚児を求め続けたが、とうとうそれにかなう者を探し出すことはできなかった。

「この戦、勝てないよ」

あの日の記憶を手繰り寄せていた我の耳に、千寿がそう呟くのが聞こえた。

「何? 勝てぬだと? 四万余の大軍が? 敵はたかだか一万といったところであろうが」

「合戦は兵の多い少ないでは決まらない。忘れないで。主は『無能』。謀聖・尼子経久の亡霊に、勝てると思う?」

侮蔑の籠った笑い声が、静かな月夜の下に響く。 「亡霊」? 経久は半年近く前にこの世を去っている。まさか、千寿同様、こうやって、経久も現れたというのか?

やはり、これは妖の仕業である。惑わされてはならない。

「大丈夫。五郎様は無事。あの男もここでは死なない。あの男を消すのは、五郎様が自分でやること。忘れないでね」

その、妖しい笑顔の裏に、底知れぬ闇を見たような気がして、我は何やら背筋が凍るのを感じた。

黄泉の国に行けば、先の事がすべて分るようになるのか、それとも、元々賢かったゆえに、己の頭で考えた結果なのか分らぬが、結果はすべて千寿の言った通りになった。

一年四か月にも及ぶ長きに渡ったこの遠征は、大内家の大敗に終わった。

それも、これ以上ないほどの無様な大敗であった。殿を命じられた毛利軍は当主の元就、嫡男の隆元共々、命を失いかけたほど。

主の義隆も、それこそ命がけで周防まで逃げ延びた。しかし、養子の晴持は死に、無能な主は、完全に意気消沈してしまったようだ。

実際には、これで尼子家との戦が終わることはなく、安芸・石見・備後などにおいてなおも抗争が続いていた。備後・村尾城での攻防などは特に激しく、我も度々出陣したが、主はこれらの戦をすべて家臣任せとし、自らは出陣することがなかったのである。

闘争

毎年、千寿の命日にはあの木の下へ行くのだが、丁度花見の宴の頃であるから、戦に出ていない限りは、たいていは山口の館に呼ばれていた。年に一度、この日にだけ会える、そう言った千寿の言葉は偽りではなかった。

今にして思えば、あの日、千寿を桜の木の下で弔ったのも、元よりこうなると定められたことであったのだろう。あの時、あの美しい稚児姿を永遠に愛でたいと思っていた。しかし、それは叶わぬ願いであった。やがて、時が来れば、千寿は長じて、我が元を去ることになるであろうからだ。

心のどこかでそれを憎んだ。しかし、あの日あの時、世を去ったお陰で、千寿は未だに、あの時の姿のままなのである。「己の命と引き換えに」全てを我が元に遺して逝ったのだ。

「会えて嬉しい?」

毎年毎年、そう言って戯れかかる。黄泉の国に行ってから数年、今は何か吹っ切れたように、毒気が消えていた。そう、別れ際に、「最後の言葉を忘れないでね」という時以外、あの、妖しく、恐ろしい表情を見せることがなくなったのだ。

常に、幼き頃のように、純真無垢な朗らかな笑顔で笑っている。

それを見ていると、我もまた、嫌なことはすべて忘れ、心の底から洗われるようだった。

出雲での大敗以降、主は元々の戦嫌いにさらに拍車がかかり、周囲を相良武任のような文官ばかりで固めてしまった。それらの連中は、戦がなければ用無し、とばかり、捲土重来を望む我ら武官を遠ざけ、家中は真っ二つに割れた。

そんな中、相良やそれを重用する主に不満を抱く者は少なからずおり、それが我が元に集うようになってきた。

そもそも、大内家では我ら守護代にそれぞれの領国を管理させると同時に、当主直属の郡代を派遣して租税徴収などを行わせるという二重構造が踏襲されてきた。我ら守護代にとって、これらの郡代が領国経営に口を挟んでくることは面白くなく、対立は避けられぬことであった。それでも、英主によって国政が上手く動いており、国力が富めば苦情が表面化することはない。だが、当主が「無能」となると、そうはいかぬのである。

主は相良らを用いることで、支配国すべての行政を掌握し、己の権力の強化をはかろうとしたようだが、一方で、軍事面については我らに一任して、全く顧みることがなかった。相良らによって内政にも干渉され、また、戦嫌いの主のせいで軍事面でその威力を発揮する場もないとなれば、我ならずとも不満が溜まるのは無理からぬことであろう。

こうなると、もはや、「政争」の趣が強くなる。

主についてひたすら政のみに専念するか、それに意見し領土拡大を進言し続けるか、そのいずれかに与して互いにその勢力の維持と拡大に奔走した。勿論、どちらにも属さない、我関せずの者も少なくなかったが。何やら主の腰巾着の相良が「文治派」の代表、我が対立する「武断派」の筆頭のようになってしまった。 [

互いに互いを貶めようとの、勢力闘争の中、相良は事あるごとに、我を貶めようと讒言を続けていた。一方でその保身にも余念がない。少しでも、我らの側に巻き返しの動きがみられると、我が身可愛さに、主の傍を離れ、身を隠すなどした。

最初は、天文十四年(1545年)、主に実子が生まれた時である。そう、無能な主を退けるには、その「替わり」となる者が必要であったが、我や千寿をはじめ、寵童らと戯れ過ぎた主には、長らく後継ぎとなる実子がいなかったのである。しかし、正統な世継ぎが生まれたとなれば、それは非常に重い意味を持ってくる。無論、生まれたばかりの赤子がその後無事に成人できると言う保証はないのだが。しかし、相良は突然大内家を辞任すると、出家して肥後に身を隠してしまったのである。

嫉妬

天文十八年(1549年)三月五日。

毛利元就が招きに応じ、その子元春・隆景を伴って山口を訪れ、主と謁見した。

またしてもくだらない酒宴に付き合わされ、その席で、主より、元就の次男・元春と、義兄弟の契りの盃を交わすことを「強要」された。

毛利家との結びつきを強めたいと望む主の馬鹿らしい思いつきか、単なる酔狂かは知らぬが、我にはこのような申し出に従う気はなかった。とは言え、理由もなく断る事も憚られるため、形だけと言い聞かせ、この命を受け入れることとした。

すると、盆に置かれた盃が何やら不意に起こったつむじ風によって倒れてしまった。一同は何やら興ざめしたが、この愚行はそのまま続行された。

――許さない

耳元で千寿の声がした。よりにもよって、今日は毎年一度の約束の期日。

(気にするな。形ばかりのこと……)

胸のうちで、そう言い聞かせ、注ぎ直された盃を口に運んだ。

桜の花が満開の下、千寿は憎悪に燃える瞳で我を睨みつけている。

「五郎様、馬鹿なの?」

そう言って、手にした桜の花弁を投げつけてくる。無論、それらは、花吹雪となって辺りに舞い散るだけである。

「怒るな。他意はない。分かっておろうが?」

「千寿は五郎様と契りの盃なんてやったことない」

幼子のように、涙でくしゃくしゃになった顔が、久しく見せなかった妖しくも恐ろしい表情に変わっていく。

「許さない……絶対に……毛利親子など死ねばよい」

殺すのは、無能な主であるはずが、いつの間にか毛利親子と入れ替わっている。

「分かった。お前との約定を果たすため、今は敢えてあの男の意に従っている。後二年。刻限が来れば、必ず約定は果たす。その後は、吉川元春も消そう。それで、満足か?」

妖となってもやはり、我儘なところは変わらない。こんなつまらない理由で命を奪われては、我が「義弟」も気の毒である。

「消せるの?」

千寿は凄惨な表情のままそう言い、なぜかその後はまた涙となった。

慰め、落ち着かせるためには、ただひたすら、その腕の中に納めて愛撫するよりほかない。

「盃が倒れたのは、お前の仕業か?」

そのふんわりとした黒髪に触れながら、優しく問いかけた。

「五郎様、それは気のせいだよ」

千寿は悲しそうに答えた。

「黄泉の国から『この世』を動かすことはできない……何もかも定めた通りにしか動かない」

しかし、あの時、確かに千寿の恨み言を聞いた。そう思う。

「もしかしたら、『怨念』が届くことはあるのかもしれない。だけど、それには、定めを変えるほどの力はない。だから、何も話すことはできない……気持ちが届いたからと言って、定めは変わらない」

まるで、自らに言い聞かせるかのように、千寿はそう繰り返す。 「嫉妬」のなせる業なのか、この日は肝心の「あの男」に関する言葉はなかった。ただひたすら、常と違い不安に身を震わせる童子を胸に抱き、二人きりの時を過ごした。

広間では、千寿の嫌う毛利親子を歓待する宴がもよおされ、管弦の音や賑やかな笑い声も届いてくる。その場に我が居合わせないことを、不思議に思う者はないようだった。恐らくは、主と元就親子水入らずか、あるいは、お気に入りの文官連中ばかりが取り巻いているのであろう。むしろ、この身は邪魔であった。

その後、毛利親子は五月まで山口に滞在していたが、帰国後は再び備後・村尾城を攻め、九月四日夜、城主・山名理興は遂に城を棄てて逃亡。この城を巡る六年にも及ぶ攻防に終止符が打たれた。そして、尼子家は遂に備後からも駆逐されたのである。「お家」にとっては吉報だろうが、勿論、我には何の関わりもない。

企て

天文十九年(1550年)春。早くもあれから九年もの年月が流れた。

千寿は未だに、愛らしい姿のままである。一方の我は、既に三十路を迎えていた。

「五郎様、そろそろだね」

我が腕の中に身体を預け、千寿はまた、朗らかに笑う。

「そろそろ、とは?」

「殺すの。あいつを」

もう、恐ろしいとすら感じなくなったその言葉を、千寿はさらりと口にする。

事ここに至っては、この言葉も現実味を帯びてきた。

家中における「文治派」と「武断派」。この二大勢力の対立は、もはや如何ともしがたく、どちらかが相手を倒すまでは終わらぬと思われた。そして、重要なのは、我らと対立するその勢力の筆頭が、実はあの相良などではなく、我が主の大内義隆にほかならぬ、ということであった。

厭戦気分が蔓延する中、主の公家趣味は目も当てられぬほどのものとなっていた。連歌や蹴鞠に現を抜かすのはもとより、夜毎、公家気取りの宴会を開き、果ては束帯姿を身に纏い、移動にも華麗な装飾を施した牛車を使うほど。やがては相良に一任することで、自らは政から完全に手を引いてしまった。

山口は西の京と呼ばれるほどの繁栄ぶりであったが、この戦国乱世にあって、防御に優れた城郭はなく、あるのはただ公家館のみ。そして、そこでの豪奢な暮らしを支えるために税は上げられ、民は悪政を嘆き、譜代の重臣すら主に愛想を尽かす有様となっていた。主と意見を異にすれば排除される。至極、当然のことであったが、これほどまでに多くの者が我が背後に連なり、主を批判しているとあらば、やがてはそれと対決する事となるのは必定である。

そうこうするうち、我が岳父の父・内藤興盛が、密かに相良を始末しようと持ちかけてきた。元より、相良の専横を忌み嫌っていたのだが、遂に我慢も限界に達したと見える。我がその事を話すと、千寿はくくっと笑った。

「もしもさ、あの時、本当にあいつをやっちゃってたら、どうなっていたかなぁ?」

そう。かつて千寿が一芝居を打って、この男を片付けようとした四阿での一件を言っているのだ。無論、相良を消したところで、「あの男」が残っている以上、問題は何も解決しない。今となっては我にもそれが、はっきりと分るし、既に覚悟もできていた。そう思うと、千寿は最初から、こうなる事を見越していたかのようで、何やら空恐ろしいものを感じた。

「あのね、あいつの寿命はまだ一年残っているの。だから、早まってはだめだよ。その前に、もう一度、会えるからね」

この時、千寿が言っていた、後十五回会える、という話を思い出した。これで九回目。つまり、残りはあと六回となる。つい千寿を抱く腕に力がこもった。最初の頃のような、疑う気持ちはもうなくなっていた。この世の者でないことは確かだが、千寿は確かにここに存在している。

そして、毎年毎年、約定を違えることなく、我が前に姿を現した。そうなれば、十五回だけ会える、という言葉もまた真であろう。ならば、残りはきっかり六回だけだ。

「お前に会う事が叶うのは、あと六回だけなのか?」

千寿は、それには答えなかった。

「五郎様の事、信じている。だから、もう、何も言わないね」

ただ、無表情でそう言ったきり、あとは本当に何も話さなかった。

あと何回、会えるのか。それが気になって仕方がない。何度も尋ねたが、ただ柔らかな笑みを返すばかりである。その人形のような顔を見て、何やら歯がゆく、何とかその答えを引き出そうとしたのではあったが。

このあと千寿は、「約束を守れ」という最後の一言すら口にすることなく、我が前から姿を消した。

その後、内藤興盛の誘いに乗って相良を消し去る準備を始めたまではよかったものの、疑り深い相良の監視で露見し、計画はあえなく失墜した。そればかりか、先回りした相良の奸計によって、この件は主の知るところとなってしまったのである。狡猾にして勘働きのよい相良自身は身の危険を感じて出奔し、石見に身を隠した。

事ここに至り、さすがに能天気な主も種々の噂を気に掛けるようになったものと見え、九月に催された仁壁神社・今八幡宮の例祭参詣を欠席した。讒言に言うところの「我らが決起」を恐れての事であったようだ。

その後、我は山口へ呼び出され、主に事の顛末を詰問されたが、当然の如く、知らぬ存ぜぬを決め込んだ。これで、主との関係修復は不可能となった。断るまでもなく、とうの昔に「上辺」だけの主従関係となってはいたのだが……。

我らに「造反の企みがある」という噂は、敵対勢力の連中から見て疑いようもないものとなったようである。主の側近・冷泉隆豊など、あからさまに「誅殺」を進言する者まで現れたと漏れ伝わってきた。念のため、若山で城普請を行い来たるべき日に備えて防御を固めると同時に、「義兄弟」の杯を交わした縁で、毛利家に密書を送っておいた。万一の時には手を貸すように、と。

 

 

最終稿完成:2019年09月05日
掲載:「ノベルデイズ」「千寿のモノローグ」「五郎とミルの部屋」等。
今回再掲載で元のドメインに。