僕はあの人を、無事に救い出したつもりだった。それなのに……。

どこでどう間違ったのか、気が付いたら隣にいたのは、この生意気そうな小僧だった……。




一人称「僕」。つまり、このサイトを運営しているのは、若山城跡に棲む妖精・ミルだ。いつの頃からか分からないが、この城がとっくに廃城となった後、ただの森と化した城跡にやって来た。
それからおよそ五百年。時は流れ、周囲の風景も変化した。だが、ずっと変わらないこと。それは、ここに、かつて城があり、城を治める一族がいたという事実だ。
それはともかく、ミルは城跡にやって来て、そのまま住み着いた。
城がなくなり、ただの山、ただの森と化したこの場所に、掘っ立て小屋が出来たのはその頃である。しかし、不思議なことには、その掘っ立て小屋は、確かにそこに存在するにもかかわらず、山のふもとに住む民たちからは見えなかった。
五百年経っても、ミルの姿は来た時と同じ、十幾つの少年のまま。
なぜなら、彼は、この世のものではないからだった。
では、ここは何やらその、霊魂とかスピリチュアルな世界を語るところなのか?
いいえ、違います。
深い深い愛ゆえに、その思いを叶えるまでは、いつまでもその生命が絶えることがないという、宿命を背負った精霊の物語です。
は? 精霊ってのも、そもそもスピリチュアル?
怪しげな新興宗教とか、そんなのでは?
違いますったら。
そもそも、スピリチュアルとか、新興宗教とか、横文字分らんし。
何も信仰していない妖精にはわかろうはずもないです。
妖精ですよ、妖精。フェアリーです。
ファンタジーですよ。
さて……。
ただの「モノ」でも数百年も経つと、妖怪になる、って言うじゃないですか。
あえて、リサーチしてないので、妖怪の定義もわからんけど。
ミルは桜の木の妖精です。
なぜなら、亡くなったのが、桜の木が満開の時節、美しい花びらに埋もれてだったから。
輪廻転生という言葉、信じますか?
ほら見ろ、やっぱり、スピリチュアルじゃねーーの?
いや、だから、それわかんないです。
人は生まれては死に、そしてまた生き返ります。
そして、この、「生き返る」というのもまた、誰にでも可能なことではないようでして。
なぜかなら、地獄に堕ちた者、極楽往生した者とは無縁だから。
さらに言えば、「生き返る」時、人間になれるかどうか、もまた分からないのです。
たくさんの神様、仏様がありますけれど、皆が修行をし、信仰する究極の目的は何か。
極楽往生です。
お釈迦様のおられる極楽の蓮池で遊び戯れながら、天上世界で暮らしたい。
誰しもそう思うはず。
実際、死後の世界があるかどうかなんて、死んだことないので分かんないですけど。
死んだら、極楽ってとこに行くらしいよ。
そして、悪者は地獄へ。もしくは、悪者でも小者だと、畜生道。
アリだの、ゴキブリだのに生まれ変わり、人間たちに殺虫剤を浴びせられる苦しみを味合うのだ……。
しかし、地獄に堕ちたり、人ならざるものに生まれ変わってしまった者にも救いの道はあるらしく、助けてくれる神様仏様もあるみたい。
よく知らないけどね。
それに、苦行が終われば、また別の世界に生まれ変わり、功徳を積めば、最終的に極楽に行けるのでは?
以上、調べてないから責任持てないよ。
さて。
付け加えると、極楽に行けたらラッキーではない。
そこでも何かやらかしちゃって、極楽に住む資格を失うことが。
またしても、人間世界に戻され、延々と輪廻転生を続けることになるかも。
いきなり、地獄もあるだろうって?
いや、だから、知らない。
フィクションだからなんでもあり。
深くは追及しない。
今後とも、このことを忘れずに。
というわけで、ミルはどうやら、一度死んで、輪廻転生したらしい。
そして、この何回目かの生き返りで、永遠の命を手に入れたっぽく見える。
しかし、そこには、より複雑な事情があるらしく。
この辺り、おいおい明らかになっていくよ。
ミルはその掘っ立て小屋で暮らしながら、何やら「修行」を続けた。
雨の日も風の日も、一日も欠かすことなく。毎日毎日……。
そして、五百年経ったある日、ミルの顔にはそれまでの憂いに満ちた哀れな表情ではなく、幸せ溢れる微笑みが浮かんでいた。
やっと奥義を掴むことができた。五郎様、今、迎えに行くよ。
そして、この日の朝、ミルは城跡の頂上に座り、何やら呼吸を整えていた。
胸の前で両手を重ね、一心不乱に何事かを唱えているようだった。
彷徨い迷う魂よ、修羅場を潜り抜け、我が元へ
ミルの身体から眩い光が放たれると、東の方角へ飛んで行った。
そして、若山の城跡全体が、その眩い光に包まれた。
この、それこそ、原因不明でスピリチュアルな一部始終は、普通に生活している周南市の人々の目にはまったく見えなかった。偶然にも、陶の道をハイキング中だった人、城跡巡りのために、山頂にいた人たちを含めて、である。
ミルの姿は一瞬見えなくなり、暫し後、再び現れた。
その時、彼は「空から降って来た」。
そして……。
彼とともに、もう一人、見たこともない少年が同じように「降って来た」。
彼らはまるで、何らかの原因で、どこかから「吹き飛ばされて」来たように見えた。
先の眩い光を見ることができなかった人々が、彼らが空から降って来た様を目にすることはなかった。
ミルはかなり長いことその場で気を失っていた。
気が付いた時、となりにその、「見知らぬ少年」が気絶しているのを見つけたというわけだった。
ミルも驚いたが、少年も驚いた。
二人とも、互いにこの目の前の状況を受け入れがたい。
あり得ない、こんなこと……。
誰なんだこいつは? それに……ここはどこなんだ?
ミルは少年を放置して、住処である掘っ立て小屋へ向かった。
後ろから、少年がぴったりとついて来ていたが、そんなことにかまってはおられなかった。
掘っ立て小屋は、五百年前に建てられた時と同じ姿であったが、長い年月を経て、内部はかなり改装されていた。
むろん、最初がどんな具合だったか分からないので、比較のしようもないが。
ただ、五百年前にはあったはずがない、インターネット回線や携帯電話用アンテナなど、二十一世紀の機器が完備されている。建った時と同じではないと断言できるのは、それらの理由から。
ほかにも、一昔前は支流であった紙媒体の書籍も大量にあった。
ミルはその中の一冊に手を伸ばし、ページに視線を走らせる。
紅葉谷で束の間の休息を取っていた晴賢に、毛利軍の奇襲など想像できようはずもなかった。
とある本に、そのようなことが書かれているくだりで、ミルは顔面蒼白になった。
こっそり部屋の中に入り込み、訳の分からない空間の中でキョロキョロしていた少年が、ふいに泣きそうな声で言った。


いきなり掴みかかってきたミルに驚き、少年・五郎はさらに怯えて、本当に泣き出す寸前だ。武家の子弟としてはかなり恥ずかしいことだが、それでも「怖い」と感じるほど、彼にとっては「未知との遭遇」だった。

五郎が泣き出す前に、ミルがわーーと泣き声を上げた。