第八十六話:出陣

恐れていたことは全て現実となった。

武護は実の弟である興明を死に追いやり、自ら陶家の「当主」を名乗った。政弘は義興に「謀反人」の討伐を命じたが、義興はショックで寝込んでしまい、とても出陣など出来る状態ではなかった。

不思議なことに、陶武護は弟を討ち果たした勢いで館に攻め入るかと思われたのに、そのまま若山に籠もってしまい、その後は何の動きもなかった。

「我が鶴の『家督』を認めてやれば、全てがまるく収まるのでは?」

篠の膝を枕に、夢のようなことを呟く義興であった。

「あなた様のお言葉と、お義父上のお言葉と、どちらのほうが重いのでありましょうや?」

「……」

篠の顔はまるで、聖母のような慈しみに満ちていたが、その言葉は刃のように鋭く義興の胸を突く。

武護が国許へ戻ったあの日から、全てがおかしくなった。篠が不吉だから会わないほうが良い、と言った時、その言葉に従っていたならば……。いや、別に、義興と会おうが会うまいが、武護の行動は変わらなかっただろう。だが、友が己を裏切り、舅がそれに加担しているという事実に、我が家だけはそのような身内どうしの醜い争いとは無縁であると信じていた義興の心は深く傷つき、もはや修復不可能だと思えるほどであった。

内藤弘矩が細川家と通じていた、というあの書状、どうやらあれは弘矩を陥れようとした武護が、細川政元の手を借りて「偽造」したもののようである。それは、興明の危急に内藤家「だけ」が援軍を出したことからも分る。武護ばかりか、篠までも失うことになっては、もはやこの先生きて行くことはかなわない。そう思う義興には、唯一それだけが救いであった。

「いつまでも、お父上の命に背いているわけにはいかないのではありませぬか?」

またも、篠の言葉が義興の胸を刺し貫く。どうやら、あの夜の一件以来、篠はもはや、鶴の身を案じてはくれなくなったようなのだ。興明の死から既に半月近くが過ぎている。いい加減、父の命に従わねば、それこそ老骨に鞭打って、政弘自ら「討伐軍」を出すことだろう。

最近、政弘の病状は悪化し、すでに、夜毎の公家の宴会も、美形の女房を侍らせることもかなわなくなってきていた。

(父上に万が一のことがあれば……)

お家は屋台骨を失い、それこそ、本当に尊光を担ぎ出すような不届き者が出るかも知れない。だが、義興には別の考えもあるのであった。政弘がいなくなれば、恐らく、武護は細川政元と手を組み、尊光を当主になどという考えを捨てるのではないかと。そもそも、鶴と三郎との間には何の接点もない。むしろ、互いに気が合わなかったはずだ。

鶴が欲しがっていたのは、単に周防の守護代の地位と、陶家の当主の家督だけだ。興明が世を去った今、義興にはそれを認めてやることもできる。あの、吉見家の連中が、とんでもない人殺しの罪を犯した後に、平然とまた召し抱えられていたのと同じように。

無論、あれこれと難癖をつける年寄り達は少なからずいるであろう。しかし、「当主」の一存で、罪人もお咎め無しにできることは代替わりしても変わらないはず。まあ、吉見家の者たちは、吉見信頼本人ではなかったから、弟殺しをやった鶴をそのまま召し抱えるのには難があるかもしれない。しかし、少なくとも「討伐する」必要はなくなるのでは?

そんな風に考える己が、義興は恐ろしくてたまらなかった。確かに政弘の言動にはついていけないところが多かったし、煙たいと思う気持ちはある。しかし、この世でなによりも大切な父親である。それを、いなくなってくれたらば、などと考えるなど……。

「父上のお歌が聴きたい。諳んじてはくれぬか?」

義興は膝枕のまま、篠に言った。

まるで、大きな子供のよう。だが、本当は、常は威厳に満ちた当主を演じ続けている夫が、心に深い傷を負い、母の胸に甘えるようにして、我が元に通っていることを思うと、篠の心も塞ぎ込んだ。

「今日は早くお休みになったほうがよろしいのでは? この所、嫌なこと続きですもの」

「そうか……」

あの夜を境に、夫婦は床を共にしてはいなかった。「子作り」など、する気にもなれなかったからである。だから、二人して共に過ごしていても、夜が更けると義興は自身の部屋へと戻っていく。そんな日々が続いていた。

「いや、今日はここで休みたいのだ。かまわぬか?」

その日に限って、義興は駄々をこねてみた。どうせ、二人は新婚ほやほやの時、添い寝しただけで、夫婦のことなどなかったではないか。「子作り」などせずとも、傍にいたい。

「花、御館様がこちらにお泊まりに」

篠が侍女に声をかけるのをきいて、義興はそっと妻の細い腕を掴んだ。篠の顔にも久々に笑顔が浮かんでいた。