第七十五話:束の間の平穏

明応四年、正月。

大内家の築山御殿では、盛大に新年の宴が催されていた。

興隆寺の再建もなり、義興が館内に造った神祠のご加護が効いたのか、父・政弘の病にも回復の兆しが見られ、今はすっかり以前のように歌会など催して隠居暮らしを満喫していた。

「やはり、子授けの神もお祀りしなくてはなりませんね」

母・今小路だけはご機嫌斜めである。篠には未だに懐妊の兆しがないからだ。

「いやいや、こればっかりは神頼みでは無理ですな。やはり夫婦のことをきちんと行わねば」

すっかり酔いが回った内藤弘矩が千鳥足で篠に近付く。

「これ、いつになったら孫の顔が見られるのだ、ん?」

「義父上、あまり御酒を召されては身体に毒ですよ」

未だに懐妊しないことを気に病んでいる篠の手前、義興がそう言って、弘矩を追い払おうとする。元々虫が好かなかった小うるさい年寄りが今は「舅」である。殊更に「身内」面されるのも気にくわない。

「父上、孫ではなく、『若子様』でしょうが」

「小舅」の内藤弘和までしゃしゃり出てきた。これも、そこそこ酔いが回っていたが、こちらは背後に突き刺さる視線を感じ、慌てて言葉を改める。

「いや、姉上は子授けの神の御利益で、子沢山となりましょうから、最初は『姫』がよろしいかと」

眼光鋭く弘和を見ていたのは、興隆寺の別当・大護院尊光である。彼の忠実なる配下として、弘和は当然、義興夫妻に跡継ぎができることなどを望むべきではなかった。

「うむ。そなた良い事を言うではないか。子は多いにこしたことはないぞ」

政弘が話に割って入った。大殿に褒めそやされた弘和はいい気になって、更に続ける。

「そうでしょうとも。大内家が子々孫々繁栄するということは、我が内藤家の血筋も繁栄するということです。やはり、姉上が頑張ってくださらないと」

これを聞いた尊光の怒りのオーラはさらに鋭いものとなった。先程のせっかくのフォローは台無しだ。しかし、やはり何と言ってもこの場で一番「偉い」のは、大殿である政弘なのであって、弘和とてそれに追従するのは当然のことだ。だが、この男の頭の中にも、その父親同様、結局は「内藤家の繁栄」しか頭にないのだと知り、尊光は裏切られた気分になった。出家である自分には、子々孫々も何もないではないか。

恨みと嫉みに一人黙々と浴びるように飲んでいる尊光の元へ、これまた顔も見たくない義興がやって来た。

「どうした? 顔色がすぐれぬようだが?」

「いえ、そのようなことは」

愛想笑いが失敗に終わり、完全に顔が引き攣っている。

「困ったことがあれば何なりと申すが良い。父上に直接言い辛いことがあるのなら、かわりに取り次いでやるが?」

お人好しの固まりのような兄の朗らかな笑顔が、尊光は何よりも嫌いである。

(困りごとの根源はお前だよ)

そう心の中で思いつつ、上辺では丁寧に応対する。

「兄上には常日頃より、色々とお心遣いを頂きまして、何とお礼申し上げれば良いか分りませぬ。今後とも、ご期待に添えますよう、日々精進いたします」

「うむ。そうか。悩みがないのは良い事だな」

彼の怒りに更に火を付ける一言を残し、義興は立ち去って行った。