第七十四話:取引

京の細川邸で、主の政元がある男と面会していた。

半刻ほど前のこと、家宰から「面会希望者」がある、と聞いた政元は一々相手をしておられない例の「付け届け」の連中の類と思い、家宰を怒鳴りつけた。

「一々あのような輩の面倒を見ている暇はない。今宵は誰とも面会の約束はないはず。あれらの連中はお主が直接差配して構わぬと申しておろうが。そんな決まり事も分からぬほど耄碌したか?」

「はあ、それが、いかにも怪しげな男でして。しかも、殿と『約定を交わしておる』と言い張って後へ引きませぬゆえ。その者がこれを……」

家宰は何やら書付を取り出して、政元に渡した。政元は面倒くさそうにそれを手にすると、一応目を通した。

その結果が、この面会であった。

政元は面会者の目の前に書付を突き出した。

書付の中身は文字ではなく、絵。何やら砂浜の上に一匹の亀が描かれていた。

「なかなか見事なものよ。わしほどの目利きが太鼓判を押しておるのだから、間違いない。しかし、なにゆえ、手習いの紙などに描かれておるのか。惜しいことよの」

面会者は出家であった。それも、目元以外はすべて布切れで覆っており、顔すらも分からない。

いくら細川家代々の当主が風雅の道に長けているといっても、政元がこの怪しげな男を、手習いの紙に書かれた絵画一つで屋敷うちに招くはずはない。問題は、絵画に記された落款であった。

――多々良亀童

とある。

例え人様の間ではどれほど犬猿の仲だと噂されようが、上辺だけでも挨拶を交わし、付け届けをすることを欠かさないのがこの時代の人々であったが、それでも大内政弘は細川家にだけは絶対に人を寄越さない。

聞くところによれば、周防では政弘が病に倒れ、事実上その息子が当主のようになっているらしいので、代がかわって方針も転換されたと考えられなくはない。だが、それにしても、このような奇怪な人物が裏口からやって来ることはあり得ない。

政弘は勿論、その息子とてとっくに京を後にしているのだから、寄越すなら在京雑事のところから来るはずだ。現在は誰が勤めていただろうか、と考えてみる。「裏取引」を行いたいとのアピールにしても、このようなやり方は却ってわざとらしいではないか。

「大内家の者がわしに用があるとは。珍しいことだが……ある意味、相当な命知らずとも言えるな」

「細川様とは知らぬ仲ではございませんので。此度のお取引にも快く応じて頂けるとの自信がございまして」

「何? おぬしのような怪しげな出家がこのわしと面識があるなどと。無礼にもほどがあろうが」

そう言いつつも、そう言えば、その声にも、醸し出す雰囲気にもどこか見覚え・聞き覚えがあった気がする政元である。しかし、そのほとんどを家宰に押し付けているとはいえ、一日に数え切れないほどの者と面会しているから、それこそ一々覚えてなどいられない。ただ、出自高貴な高僧以外、出家などとは面識がないはずなのに、妙な事ではあった。

「お忘れですか?」

男はそう言って覆面を外した。見覚えのある秀麗な面差し。

「おお、そなたであったか……」

「そう、わたくしです」

武護はそう言って微笑んだ。

何を隠そう、例の赤松政則の屋敷で出会って以来、何度か面会したことのある「仲」ではあった。

「ええ……たしかその、陶……」

残念ながら、政元は武護の名を失念していた。

「今は宗景と」

「そ、宗景? まことに、出家したのか?」

装束は間違いなく出家であったし、そのざんばら髪も以前とは見違えるほどである。

「惜しいことよ」

政元はなにやらぶつぶつと呟いていたが、武護はそれを無視して本題に入った。