第四十九話:父からの遺言

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「将軍などというのは、大人しく隠居所でも建てているような能無しが好かれるのよ」

「それは、つまり亡くなった伯父上のことですね?」

「うむ。亡くなったそなたの従兄もそうだが、やる気を出すと家来は嫌がる。もっとも嫌われたのは我が父上であろうなぁ」

義視はふっと溜息をついた。何と、自らが最も憧れていた祖父・義教が「嫌われていた」とは。確かによく考えてみれば、「嫌われて」いなければ暗殺などされるはずがない。

「畠山殿がそなたにてこ入れしたのも、河内の国を取り戻したいがため。その願いが叶った後はどうなったのか、わしにも分からんな。国中の守護を敵に回して、親征しまくるつもりの将軍など、『嫌われて』当然だ。義尚様も早くにお亡くなりにならなければ、そのおつもりだったのではないかの?」

まともに働けば「嫌われる」だなどと。どうなっているのだ? この「将軍」職というのは。

「新しい将軍はほんの子供だ。父親は堀越公方だから、当然『大御所』になどなれない。さすれば、他に補佐する者が必要だ。言わずともそれが誰かはわかるであろう? 世は当然細川の天下よの」

ますます腹が立つ。やはり、あの憎らしい男をなんとかしなくては。死んでも死に切れぬ。義材はつい先ほどまで死んだほうがマシだ、と考えていたことなどすっかり忘れていた。それに、例の日野富子だ。弟や妹があの女のせいでどれだけ酷い目にあったか。

「案ずるな。言ったであろう。『定められた寿命』だ。残念ながら、あやつらはそなた自身が手を下すまでもなく自ら倒れる。政元のほうはちと時間がかかるが、それこそ、己のしてきたことに相応しい報いを受けることになるはずだ。そこは天の裁きが下るのを待つが良い」

「では、私は? このままずっと悪人どもの元に囚われ、不自由な身で生き続けろとおっしゃるのですか」

「心配するな。申したであろう、人の寿命は定まっておると。そなたはまだその時ではない」

「ですから、聞きたいのはそんなことではありませぬ。このまま一生半殺しのまま囚われているのなど嫌なのです」

義視は深く溜息をついた。

「どうやら、相当毒されているようだな……。案ずるなと申したであろうが。この父が、そなたがそのような不自由を強いられるのを喜ぶと思うのか?」

「申し訳ありませぬ」

「謝る理由に心当たりがあるのなら、以後は改めよ。忠義の臣はまだ死に絶えてはいない。政長の息子はそなたらのお陰で無事に逃れたのであろうが?」

畠山尚順は義材と葉室が上原元秀の陣で大仰な「降伏」劇を行っているどさくさに紛れて、紀伊国へ逃れて行った。無事に辿り着くことができれば、まだ捲土重来を果たすことが叶うかもしれない。そして、政長の分国越中もまだ安全地帯である。しかし、この状態でどうやってそれらの場所に辿り着けるのかは大問題であった。

「周防の大内政弘を覚えておるか?」

「いいえ。姿を見たのはまだ子供だった時分ゆえ、もう、かすかな記憶でしか」

「そうだな。どうやらあの男も随分と変わってしまった。もし、此度上洛していたとしても、さて、どう動いたかのう。ただし、あやつの細川嫌いだけは変わらぬから、あるいはこんな大事には至らなかったかも知れぬ」

「そうです。あんな役にも立たぬ子供など送り付けてくるゆえ。一万五千もの大軍も何の役にも立たなかったではないですか」

義材はそう恨み言を言う。新介の所で妹が誘拐されて身動きが取れなくなっている、などという情報は、もう義材側には届いてはいなかった。

「役にも立たぬ子供、か。子供はいずれ大人になる。そなたもそうであったようにな。これだけは覚えておくが良い。京に近い場所の者ほど信用できない。領国が安定し、義理人情に厚い者を頼るのだ。そして、その者から恩を受けたら決してそのことを忘れてはならない。仏の顔も三度というぞ。どんなに善人であってもそなたが不義理な事を続けていては最後はあきれ果てて去って行く。本当の味方は誰か、それを見極め、もしもそのような者に出会ったら必ずや重く用いよ。『重く用いる』という意味を取り違えるでないぞ」

分かったような分からないような義材であったが、義視は息子が聞き疲れて眠りこけるまで話し続けた。