第三十五話:「赤松再興軍」

再興軍と聞いて、マニアが真っ先に思い出すのは、尼子再興軍であろう。尼子家再興のために「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った山中鹿之介。武勇に優れた美丈夫で、その上これほどまでに忠義に厚い人物とあれば、そこらの歴女連中が放っておくわけがない。

今回のテーマは、そのような、再興軍って言ったら、尼子家だろう? という方々に、いや、「赤松再興軍」というものもあったんだぜ、ということである。

六代将軍・足利義教は、新介も直にお会いしたあの美男将軍・義尚の祖父。そして、父・政弘と縁ある亡き大御所・義視や八代将軍にしてやはり先の大御所・義政らの父である。これらの文弱だったり早死にだったりする将軍たちの父や祖父でありながら、この人はそれこそやる気に満ち満ちた人物であり、幕府及び将軍の権力強化のために文字通り命を捧げた。

だが、そのやり方がやや強引であったため、当時の人々、および後の世の人々共にあまり芳しい評価を与えていない。だが、思い切って事を行おうとすれば、多少強引になるのも仕方のないことである。そしてまた、幕府権威と将軍権力を衰退させている元凶を相手にするとなれば、当然の如く冷血非情を以てあたらねばならぬのもまた至極当然のことである。筆者が「教科書」と拝んでいる歴史書(これについては後書きで述べたい)では、この人を単なる極悪非道の人物とは評していない。しかし、一般の「通史」的には、「万人恐怖」の「籤引き将軍」という有難くもない通り名が浸透してしまっているようだ……。

さて、足利義教はその強引なやり方で、諸大名の家督相続に介入したため、当時どこもかしこもお家騒動の火種だらけであった大名たちは恐れおののいていた。だから「万人恐怖」なのである。その頃、義教との関係が悪化し、疎まれていた赤松家の当主・満祐は次は我が身と覚悟を決めた。ゆえに、将軍暗殺という恐ろしい手段に出たのであった。とは言え、こういうことは、やると決めたらまさに命懸けである。仮に将軍暗殺に成功したとしても、その後の自分たちの生命を保つことは非常に難しいからだ。