第六話:事件の夜

同じ文明十四(1482)年五月のこと。

その日、九州より戻った政弘は配下の者たちをねぎらうため、築山館内で酒宴を催していた。

亀童丸はまだ宴の場に出られるほどの年ではないので、自室にて世話係の女房たちにあやされながら眠りにつく時分であった。しかし、何やら館内が騒がしく、人の出入りも慌ただしいのでなかなか寝付けなかった。

「まあ、それは本当ですの?」

「恐ろしいこと……」

「でも、あの陶様が……なぜそんなことに?」

女たちが囁く声が耳に入ると、亀童丸はもうそれ以上寝ることが出来なくなった。

亀童丸が起きてきたのを見て、女房たちは慌てて口を噤んだが、もう間に合わない。

「何事だ? 騒がしい」

女たちは口を噤み、まずいことになったと顔を見合わせた。

「何があったか言え」

若子様は素直で手がかからない御子であったが、時にどうしても譲れない表情をすることがあった。今はまさにそれである。子供の好奇心というのは、大人が何とか知恵を絞って満たしてやらねばならぬのだ。ここで駄々をこねられては困る。しかし、この件については、誰もが恐ろしくて、口を開こうとはしない。

しかし、「すえさま」という四文字を聞いてしまった以上、それが叔父の弘護にしろ、友の鶴寿丸にしろ、彼らの身に何らかの大事が起こったのではないことが確認できなければ、亀童丸が心安らかになれるはずはない。

「お春、話してみよ。恐ろしいとは? 何がそんなに怖いのだ?」

名指しされたお春という女房は震え上がった。しかし、これはもう「ご命令」なので、従わぬ訳にはいかない。

「その……宴の席で陶様と吉見様とが諍いになり、お二人ともお亡くなりになられたとか」

一旦口をついて出てしまえば、女というものは噂話が大好きである。後はもう頼まなくても勝手にべらべらと話し出した。

「なんでもいきなり吉見様のほうが手をだしたそうでして、御館様はたいそうお怒りになり、吉見様をその場で御成敗なされたとか……」

亀童丸はしまいまで聞けず、恐怖のあまりその場で倒れてしまった。

「ああ、わ、若子様……大変だわ、早くお医者を」

女たちは大慌てで、若君を抱きかかえてご寝所に運ぶ者、医者を呼ぶ者、奥方様に知らせる者とそれぞれに散って行った。

亀童丸が次に気が付いた時は床の中であった。

見上げると、不安そうに見下ろす母の顔がある。

「ははうえ……」

美しい母の顔が我が子の身を案じるあまり、不安と悲しみの表情に覆いつくされていた。そして、恐らくは、弘護の死という出来事に対する驚愕も、そこらの女房達に勝るものがあるのであろう。

亀童丸はごく自然に母の腕の中に飛び込んでいた。本来、高貴な家柄であれば、実の父母といっても簡単に甘えることもできない。それでも、毎日母の居所への挨拶は欠かさなかったが、こんな風に母の腕に抱かれるなど異例のことである。だが、それも許される程、今この状況がとてつもなく異例のことであったのだ。

「叔父上は、亡くなられた、のですか?」

「亡くなる」という言葉の意味も、亀童丸にはまだ理解できない。ただ、女房達の言葉を聞いてそれがとても恐ろしいことに違いない、そう思ったのだ。

「叔父上様は遠い所に行ってしまわれたのです。今はもう、会うことは叶わぬのですよ」

母はそう言って、そっと涙を拭った。

「遠い所というのは、どこですか? いつになればまた会えるのですか?」

「それは……」