赤間神宮(下関市)

赤間神宮

赤間神宮・基本情報

住所 〒750-0003 山口県下関市阿弥陀寺町4-1
電話 083-231-4138
御祭神 安徳天皇
最寄り駅 下関駅からバス10分、赤間神宮前バス停すぐ
拝観料その他 宝物殿見学:料金100円、9:00~17:00
公式サイト http://www.tiki.ne.jp/~akama-jingu/

赤間神宮・歴史

古くは阿弥陀寺という寺院であった。
寛正五年(1464)、歌僧正徹の弟子正広は山口へ下向。当主教弘やその子・政弘、家臣らと歌会を楽しむと同時に、北九州の大内氏分国へ、歌枕観光の旅に出た。その際、渡海前に立ち寄った中に阿弥陀寺の名がある。

源平合戦の折、この付近は壇ノ浦合戦の舞台となった。幼くして亡くなった安徳天皇が、阿弥陀寺に祀られた。
赤間神宮となったのは、明治維新の廃仏毀釈で阿弥陀寺が廃され、神社となったのちのこと。社殿もその時に造られた。赤間神宮と命名されたのは、昭和十五年であり、社殿も荘厳なものに改造された。
第二次世界大戦の空襲によって焼失。二十年かけて復興・再建された。

赤間神宮・みどころ

「関門の風光に和する社殿の壮麗は昔日に倍し実に陸の龍宮と称えらるるに至れり」(御由緒)とあるように、まるで竜宮城のような神社。
竜宮造りの水天門、耳なし芳一像、安徳天皇御陵、平家一門の墓などがある。

水天門


造られたのは昭和に入ってから。竜宮造りという建築様式は世界でここしかないのだという。見ての通り、竜宮城のイメージそのものである。
二位の尼が詠んだ「今ぞしる みもすそ川の おんながれ 波の下にも 都ありとは」との御歌から来ており、文字通り海の中に都におられる安徳天皇ゆかりのものとして建てられた。幼帝は海底に沈んでしまわれても、その御霊は天上世界におられるとのことから、水天皇大神となり、水天門という名前の由来もここから。

本殿


大安殿と呼ぶ。回廊の奥に内拝殿、祝詞殿、神殿とある。

平家一門の墓


別名「七盛塚」墓碑は、一つずつ、どれが誰のものかって決まっている。
詳細は、神社のホームページに説明がある。

水天供養塔


幼くして亡くなった安徳天皇に関連して、水難供養の塔がある。

耳なし芳一


じつは、かの有名な耳なし芳一の物語の発祥の地はここなのである。
その意味で、絶対に外せない一枚だ。

安徳天皇阿弥陀寺陵

宝物殿

重要文化財三点、重要美術品五点。

赤間神宮写真集