
あの人とは気が合う、あの人とは合わない、なんてよく使うよね。
僕だって、かつては普通に人間やってたんだから、合う合わないは経験してるよ。
でもね、この五百年、ほとんど宗景様と二人きりだったから、人間関係(?)で悩むことはなかったんだよ。
ところが、妖怪……じゃなく、妖精や怨霊である僕たちにも、たまに、「時空が合う」人間たちがいることは確かなんだ。
ほら、よく
妖怪なんて実在するはずがないでしょ?
お化け? ありえねぇ。
って人には見えないのに、
そんなことないよ。僕は確かに、おじいちゃんが会いに来たのを見たんだよ!!
なんて子がいることが。
別に子どもじゃなくてもいいんだよ。ごくごく稀なんだけど、僕たちの存在が、相手に「見えている」んじゃないか、って感じる瞬間がある。
これは生まれつきそのような能力をもっているからなのか、何かのきっかけで、見えるようになるのか、その辺りは僕には分らない。
だけど、愛さんには普通に僕が見えたんだ……。
ちょうど二年くらい前のことなんだけど。
宗景様がいつものように、お供え物のお酒を取りに山頂の社に行くと、何やら青ざめた顔で戻って来た。


宗景様には苦手なものが一つだけある。「女」だ。
こんな書き方をすると、とてつもなく無礼なので、謝っておくね。
イマドキは「女」なんて呼び捨てにはしないもの。
ただ、五百年前から、この人変化してないからね。
なぜに「女」じゃなくて、女性が苦手かというと……。
若い頃、宗景様はとんでもないイケメンだったから、周防国中の女たち(あり得ないと思うけど……)は、その姿を見ようと、今風にいえば「追っかけ」みたいなことをしてきた。中には「ストーカー」みたいな女……性も。
あるとき、偉いお坊様が宗景様には生涯「女難」の相がある、って言ったんだって。
ホントか嘘か、僕にわかるはずないけどね。
でも、未だに女性アレルギーは治らないんだよ。
「見えてない」んだから、気にする必要ないし……。







こうして、僕は石碑の所まで見に行かされることになった。
すると……確かに、女の人が一人、石碑の前にいた。
いや、前にいる、というよりも、「石碑に抱きついていた」……。
陶様、私とうとう、願いが叶ったんですね。やっとここまで辿り着いたんですね。
これでもう、この世に思い残すことはないです。嬉しいなぁ……。せめて、お姿を見せてくれませんかね。ははは。いや、いいです。これから私がそっちに行くので。
もうこれ以上、このブラックな人生嫌なんですよ。私は永遠にあなたのものになりたい。
その女の人がブツブツと言っていた内容は、だいたい上のようなことだった。
これをきいて、皆さんはどんなシーンを思い浮かべるだろうか?
直ぐに警察に連絡をして、自殺しようとしている人がいます、と知らせる?
このケースで、本当に亡くなることもなかろうと思うんだけど、僕はむしろ、彼女が「陶様」とか「お姿を見せて」とか言っていることのほうにブチ切れてしまったんだ。


こんな風に、僕たちの会話はごく自然に始まっていた。相手に僕が「見えていたんだ」よ。
あまりにも自然だったので、僕はこの異常事態にまるで気付かなかったくらいだ。




途端に饒舌になった彼女に、僕はただ呆然となるしかなかった。
しかし、僕と出会い、こうして、べらべらと話し始めたことで、彼女は元々実行しようとしていたその絶対にやってはいけない行為を決行に移すことを忘れてしまったようだった。
僕たちは、運命の出逢いをした。
そう、互いの時空がピタリと合っていた。だから、お互いの姿が見えたし、話すことも出来たんだ。
当然、普通に姿が見える僕は、だいたいアラサーくらいの彼女から見たら、ただのそこらの中学生にしか見えなかった……。