桜の木の下で

若山の城は毛利軍の手で「廃城」とされてしまった。
最後の当主・長房は菩提寺・龍文寺で亡くなっているし、毛利家が城を襲った時、中には僅かの遺臣しかいなかった。
だから、戦闘もなく、城は無血開城。毛利方は、城番を置いて暫くは放置したが、何の恨みか、後に城をぶっ壊してしまった。
ミルが故郷へ戻った時、目にしたのは「廃墟となった」思い出の地だった。

ひどい……。最後まで抵抗して城に火をつけたのなら分かるんだけど、なんで壊す?

実際には、遺臣たちの反乱などもあって、一見スムースに行われた明け渡しも、その後、ずっと平穏が保たれたわけではなかった。
ただ、戻ったばかりのミルには、まだ、何も分からなかったのだ。

神様の二度目のおはからいは、ひどいものだった。
ミルは、一度死んだ身。その事実は変わらぬまま、転生ではなく、単純に下界へ落とされた。
下界へ落とされるにあたり、神様がミルに与えてれたのは、「桜の木の妖精」という訳の分からない身分であった。

ミルが先に、千寿として生命を終えた時、桜の花びらに包まれて弔われた。
五郎は、毎年、桜の花が満開となる頃、千寿のことを思い出しては涙にくれた。
千寿が怨霊となって、毎年、その時節に五郎と再会していたことも、
神様は知っている。
だが、彼はすでにきちんと成仏しているので、怨霊として戻ることはできない。
そもそも、怨霊として彷徨っていたところで、願いは永遠に叶わないのだ。

そこで、怨霊とは別に、人ならざる者として、下界に送る。
妖精は歳を取らない。
桜の花がこの世に姿を現した「妖精」。
こんな麗しい者は、このような少年にぴったりではないか。

そして、ミルが、妖精として、下界に下りたことにはもちろん意味がある。
前回と同じ「試練」。
五郎を救い出し、天界へ連れてくること、だ。

ただし、今回の試練は前回の転生の時とは比べ物にならないほど難易度が高かった。

妖精には寿命がない。
そこで、たとえ、何百年、何千年かかっても、かれにその「能力」を得ることができたのなら、その時点で実行する。
運が良ければ、とても早く実現するかもしれないし、悪くすると、永遠に叶わないかもしれない。

ミルはこれから、辛い修行の日々を過ごし、「時空を超える」能力を身に着ける。
そして、みごと、それを我がものとした時、五郎を救い出すため、彼の生きている時代へと向かうのだ。

そして、この「試練」にはいくつか、条件がつけられていた。
もしも、失敗した場合、もう一度やり直すことは可能だが、その時は、修行はゼロからの再スタートとなる。
また、無事に成功することができた場合、望みを叶えたミルは、ミルとしての生を終えることになる。

もはや、輪廻の輪の中から外れ、ミルという人物として、新しい転生を送ることも、天界で暮らすことも、地獄に落ちることもない。ミルという人物としての「絶対的な死」を迎えることとなるのだ。
これは、彼が「望みをかなえた」と思わない限りは適応されないので、途中で、五郎とのことを清算し、後は気楽に過ごして行こうと決めたのならば、樹木の精としての生命は永遠に続けることができるのだった。

よくわかんないけど、早くその「修行」とやらを極めて、五郎様を連れてくればいいんだよね。その後、僕が消えちゃおうと、どうなろうと、そんなこと、どうでもいいよ。自分が可愛かったなら、いつまでもあの雲の上にいれば良かったんだもの。

こうしてミルは、例の掘っ立て小屋を作って、先ずは住処を確保し、あとは、神様から渡されたとてつもなく分厚い「時渡りの秘法」という書物を読み始めたのだった。