時戻しの秘術

神様はあれやこれやデータをいじくり始めた。すると、奇妙なことがわかった。
そもそも、少年は三日前に死んだはずだが、天に昇るまでに空白の三日間があった。

とはいえ、神様的には、その理由はとっても「分かりやすい」。
つまり、三日の間、少年は死んでも成仏せずに下界に残っていたのだ。
こういう例は、掃いて捨てるほどあるから、ご多分に漏れず、というところだ。

前世に何か未練がある者、それも、ほとんど「恨みや憎しみ」のようなヒドい感情を持ってしまった者は待てど暮らせど成仏できず、何百年も彷徨っていることすらある。
それにくれベたら、三日は短い。

でも、ちょっと待った!!
ここでいう三日は、天上世界での三日。
下界の時間とは流れる早さが違う。

天上ではわずかに三日だが、下界ならちょうど十四年だった。
(計算方法はわからない。ごめんね)

十四年もの間、少年は何をしていたのか?
もちろん、それらのことも、神様のデータにはバッチリ載っている。
普通はこんなどうでもいいデータなどいちいち目を通さないのだが、いったんこうして問題が起こると、隅々眺めることになる。

少年は神様の思し召しにより、実際の寿命(どうやら二十八歳ということだが)まで生きることができなくなった。
そして、十三の時、その生命を終えた。
ところが……。

神様:(なんてこった……。これはとんでもない泥沼ではないか。たしかに、この者が申すとおり、「相当のワル」だ。
でもって、れいの、毛利と大内の申状にもなにやらインチキがあるようだ。
ふむ。皆、我が身可愛さであるからな。
その点、平然と自らを悪く言う、この者の尊さはこのようなところに溢れ出ておるのだ……。しかし、どうしたものか?)

十三で葬られたその少年は、その後も五郎なる人物の元に留まり続けた。
しかも、彼らは生身の人間と成仏できていない魂のまま交流し、それから十四年、ちょうど、この少年の元々の寿命の二十八歳に近くなるくらいまで続いた。
そして……。
少年がその日、成仏することができたのは、五郎という男が生を終えたからであった。つまり、彼は五郎なる人物と、共に手を取り合って成仏したのであった。

何のために、十四年もの長い年月を待っていたのか、言うまでもなくこの「共に手を取り合って」のためだ。

愚かな……。どのみち、死ねば、前世のことは分らなくなる定めだというのに。

待てよ? これほどまでに情が濃く、しかも、こちらに辿り着いた後も、その記憶が消えていないというのは、相当に重症だ。
それこそ、このまま天上世界に置いておいたら、どんな騒ぎを引き起こすことか。
皆は平穏を望んでいる。
良くも悪くも、このような熱く煮えたぎった感情は害にしかならない。

罪深いことだ……。

相手の男は地獄の苦しみを味わっている。少年にそんな現状が堪えられるはずはなかった。自らも、共に地獄へ落ちる、と二人は誓っていたらしい。
そうだろう。主殺しは「いちおう」史実だ。
だが、少年のほうは「すでに死んでいた」し、「天上に来る」ことが決まっていた。
神様から見たら、たった三日遅れただけだったので、こんな事情は知るよしもなかった。

浦島太郎の玉手箱はインチキではないのである。

神様は自分の「手違い」を隠すために、ズルをした。
禁断の手を使って、この二人の人生を書き換えてしまおうとしたのである。
まあ、実際には、よくあること(よく使う手)ではあった。

神様:良いか、よくきくのだ。考え抜いた末、お前の願いを叶えてやることにした。
ただし、おいそれと、地獄からあの男を引き上げるようなマネはできない。
よって、わしが、今までほかの者たちに許したのと同様、お前にも一度だけ機会を与える。

少年:一度だけの機会、って?

神様の説明はこうだった。
彼は神様の力でもう一度下界に転生する。そして、相手の男が健在の頃に時間を巻き戻す。二人はもう一度ともに生き、そして、共に死ぬ。
そうすれば、今度は一緒になれるだろう。
(本当は理論上なれないが、少年に言い聞かせてもムダだろう。
それに、彼ならば、「奇跡を起こす」可能性もあった)。

少年は理解に苦しんだ。
時間を巻き戻す、って?

そうだろう。下界の者は、じつはこの世の全てが神様の好きなように動いているなんて知るはずがない。ぶっちゃけ、現在は二十一世紀だが、少年の生きていた五百年前も、何なら紀元前でも、神様は好きな時代の人物を好きなように操れるのだ。

神様:お前を、先に死んだときから少し後に転生させてやろう。今と同じ顔姿のままでな。そうすれば、相手にもすぐに、お前のことがわかるはずだ。
良いか、あの男が同じ過ちを繰り返すようなら、地獄行きは免れん。
お前の手で、それを阻止するのだ。

少年:阻止する? どうやって?

神様:先のことが分っているお前なら、先手をとってどうとでも導いてやれるだろう。この、大内義隆という者が遺した書き付けには、お前のことが書かれていたぞ。
「一をきいて十を知るどころか、百も千も知ることができる。一度目にした書物はその場で諳んじて決して忘れない」と。
それから、お前の父親の書き付けも残っているな。
「教えられるだけの武芸を手ほどきしたが、本当に飲み込みが早い。すべての型を身につけ、その辺の剣術指南役など敵ではないくらいだ」と。
ただし、「まだ幼いので、腕力がなく、大人相手にはどうしようもないから、成長してからが楽しみでならない」と。

少年:父上……。

父のことを思い出し、少年はくだんの男に会いたいなどといった我儘な要求を一瞬だけ忘れたようだった。
おそらく、父親は義理人情に厚い、子煩悩な男だったのだろう。
雲の上のどこかにいるはずだ。

神様:これほどまでに優れたお前だ、できないことはないであろう。

少年:自慢じゃないけど、そのとおりです。あんたが変な思し召しで早死にさせたせいで、才能が開花する前に死んじゃったんだ。

神様:そのことは謝るが……だが、これも、お前がもって生まれた幸運なのだぞ。だれもが、天上世界にこれるわけではない。

少年:なんか嘘くさいよ。だって、毛利元就と大内義隆もいるんでしょ? あいつらだって、生前、虫一匹殺してないとは言えないよね?

神様:それはそうだが……。お前のような小悪魔が紛れ込んでくるくらいだから、わしの目は節穴だし、手違いも多い。

少年:そろそろ隠居して、目が悪くない若いのと交代したら? 
それで? 僕は、もう一度、下に下りて、五郎様を連れてくればいいんだね? 
ちょっと腹立つけど、主は生かしておいて、毛利元就とも仲良くしろ……いや、大寧寺の前からやり直すなら、もっと平和的に解決し、そもそも、毛利なんかにウロチョロされないような国作りを目指すよ。

神様:うんうん。よく言った。それでよい。歴史がどのように上書きされるか、楽しみに見ておるぞ。ふむ、たしかに、なかなかに面白い企画だ。暫く退屈せんですむ。

少年:じゃあ、早く、下界へ帰らせてよ。一日も早く五郎様に会いたいよ。
死んだと思った僕が生きていたってなったら、どれだけ喜ぶか。

少年は麗しい瞳をキラキラと輝かせる。
神様はまたしてもうるっとなった。
が、神様もじつは万能ではなかった。
もし、そうであったなら、こんな面倒な茶番を行う必要などない。

神様:これ、話を最後まできちんと聞くのだ。お前は、生まれ変わるのだから、今のまま、家に帰る気分で戻れるわけではないのだぞ。

少年:え? なんか面倒なの?

神様:人は生まれたときは皆、赤ん坊だ。今くらいの大きさになるまで。十何年かかかるだろうが。

少年:ええーーっ。そんな……。赤ん坊なんかになったら、五郎様に僕だってわからないじゃない?

神様:お前が死んだ翌日に、死ぬ間際の姿で戻す、などという芸当はできんよ。きちんと転生せねば。もう一度、新しい人生をやり直すのだ。

少年:だって、言ったよね? 同じ顔姿で戻してくれる、って。嘘つき。

神様:嘘は言っておらん。成長すれば、必ず今と同じ顔姿になる。安心しろ。相手の男がたとえ忘れていたとしても、お前が覚えているのだから、十三年たったら訪ねていけばいい。

少年:うーーん。それって、なんかインチキっぽい。十何年たったら、五郎様はいくつ? えーーっ、下手すると、また厳島だよ。間に合わないじゃん。もう少し、前に巻き戻してよ。

神様:だからな、その辺は、難しいのだ。あれこれと条件が……。それに、わしとて、おいそれと誰も彼もの願いをきいてやるわけにはいかんのだ。
「特別待遇」なのだから、文句は言うな。それに、必ず、何らかの「試練」を与えること、が条件なのだ。お前の場合、相手の男に巡り会い、もう一度、同じような関係を築くことだ。それについては、かなりハードルが低いではないか。
では、準備は良いな? 送り返すぞ。

少年:えっ、ちょっと待っ……。

神様は、ちょうど下界から戻ったところの死神を一人呼び止めて、少年の「下界行き」の手続きを丸投げしてしまった。