放浪法師

 いったい誰なんだこいつは?

ミルは本当に泣きたくなって、思い切り泣いた。
五百年修行して、挙げ句、ヘンテコな小僧を召喚してしまうとは。

いや、問題はそこではない。
このヘンテコな小僧が、なぜ、召喚しようとしていたターゲットと同じ名前であるのか、そこも気にかかるのであった。
謎を解明するためには、また、あれこれと聞き出し、調べなくてはならない。
だが、ミルは疲れ果てていた。

当たり前じゃん!!
五百年もかけて修行して、全神経を集中し、精も魂も尽き果てた。
その結果、出てきたのが、この小僧だよ……。

ミルは再び気絶した。
疲労困憊して起き上がることができなくなったのだろう。

ち、なんだよ、こいつ……。役に立たないな。

少年・五郎は掘っ立て小屋から外へ出た。
早く屋敷に戻らないと。

掘っ立て小屋の周囲は樹木が生い茂っている。
原生林とまでいかないが、いわゆるフツーの「林」だ。
小屋の周辺だけ、樹木が伐採されて、ちょっとした中庭みたいになっていた。
どうやら、ここで自給自足の生活を送る、卑しい領民の子どもだろう。

五郎はそう思って先を急ぐ。
が、知らない道。しかも林の中。
右も左もさっぱりだ。

 どうしよう?

 取り敢えず、真っ直ぐだ。

案外と肝っ玉が太くて単純である。
しかし、歩いても歩いても、同じように木が生えているだけで、まったく先が見えない。
仕方なく、先程の領民の小屋に戻ることにした。
少なくとも、この地に住んでいる者のほうが、地理に明るいだろう。
何しろ、五郎の家は大きな屋敷だ。たとえ貧乏な子どもだとて、領主・陶様の名前を知らぬはずがない。

でも俺、なんで、飛んできたんだろう? あいつも、飛んできたみたいだったけど?……ま、いいか。あれ? さっきのやつの家はどこだ?

真っ直ぐ歩いてきただけのつもりが、横道へそれていたのだろうか?
来た道をそのまま帰っているはずなのに、今度は歩いても歩いても、ミルの掘っ立て小屋が見付からない。

だんだんと薄暗くなってきて、さすがの腕白小僧も心配になってきた。

 おーーい、ここはどこなんだよ?
 さっきのやつ、迎えに来いよ……。
 おーーい。

しかし、彼の声は空しくこだまするだけだった。

馬鹿野郎、何なんだよ、まったく。俺、昼寝してただけなんだよ。……ん? つまり、これは夢? そうだよな。きっとそうだ。目が覚めたら母上が美味しい菓子を……フフン。

おい、馬鹿野郎とはなんだ? この無礼者めが。

何やら長い髪を風になびかせた僧侶が一人、五郎の行く手を阻むように立ちふさがった。そのざんばら髪のせいで、顔もよくは見えない。だが、着ているものが粗末であることから、「名のある高僧」のはずがない。
だいたい、こんな何もない林道を、一人歩く高僧などいるものか。

修行僧? にしても、ガラが悪い。
五郎が知る限り、出家というのは、もっとゆったりとしているのが普通だ。
寺でつまらない講釈を垂れているああいう連中。「お師匠様」なんて呼ばせて講師面してる。でも、名門の家と繋がりがあるそのような坊主は、もっと身なりがキチンとしているものだ。

げ、な、何だよ、今度は乞食坊主か……どうなってんの? そうだよ、夢だ。説明のしようがない

何やら光り輝く物が見えたので、いよいよ俺の甥に会えるのかと思ってきてみたが……どうやらとんだ見当違いのようだな。

お、甥? ふざけるなよ。乞食坊主の分際で。この俺を誰だと思ってる? お前みたいな伯父上がいるはずないだろう?

ほお? ずいぶんと威勢がいいんだな。さっきから、同じ所をウロチョロしてるだけのガキが。

ガキ? ったく、無礼な坊主だな。覚えてろよ……。ん? 同じ所をウロチョロ、と言ったか? お前、道が分るのか?

目上の者に向かって、なんという口のきき方だ。それが人に物を頼む時の態度か? 親のしつけがなっとらん。

な、なに!? 目上と言ったか? 乞食坊主に見下ろされたくない。

イマドキの民を分かつ上下関係は年齢差くらいのものだ。特に、お前のような社会人になる前の子どもならばな。悪いが付き合っているヒマはない。道は己で切り開け。

うわーーん。待ってくれよーー。

平然と嘘泣きできるところ、「策士」だな、ちび助。

む……。

その時、ミルが二人の前に姿を現した。
ふわりと空を舞うようにして、その場に降り立った。
(五郎には、そんなふうに見えた)。

あーー宗景様‼ この小僧、なんとかしてください。僕、どうしたらいいのか、全く分からなくて。

「小僧」じゃない‼

なるほど。やっぱりお前絡みだったか。いよいよその日が来たのだと思って、様子を見に行くところだった。そうしたら、この小僧とばったり、な。

だから、小僧じゃな……。‼

宗景は五郎の額を指でピシっと弾いた。

大人には見えんな。

このやろーー。乱暴したな。俺を誰だと思ってるんだっての。

誰だ?

へへ、聞いて驚くなよ。富田の領主は俺の父上だ。つまり……ええと、その前に、ここ富田でいいの?

五郎は少し不安げにミルの顔を覗き込んだ。「どこからどこへ」「飛ばされた」のか分からない。知っているとしたら、この領民の子どもしかいないだろう。
ミルと宗景とは同時に頷いた。

ふふん。だったら、お前ら、驚かないはずないよな。あれ? 驚いてない?

驚くものか。俺の父上も、富田の領主だ。ま、とっくに死んでるがな。俺が驚いてるのは別の件だ。

ミルはぺたんとその場にしゃがみこんでいた。
もはや疑いようもない。
陶の家に五郎は大量にいたので、この子どもが「どの」五郎なのか、まだ確定はできない。ただし、恐らくは、何らかのミスで、ミルの手によって過去から連れて来られた陶の家の五郎であることは間違いない。

君の主君は誰? お父上ではなく、お父上のそのまた上の人、誰?

ん? 誰だっけ?

聞くまでもあるまい。この不遜な態度は、我が父上を除いては、史実上、あやつしかおらんだろう。

あんたの父上って? その前にあんた誰?

こら、失礼でしょうが。伯父上様です。

はぁ?

五郎の伯父は二人いた。だが、二人とも、父が若い頃に亡くなっている。
だから伯父たちにかわって、父が家督を継いだのだと聞かされていた。

君の考えていることは分かるよ。でも、これは間違いなく伯父上様。今は21世紀で、本来ならば伯父上は、とっくの昔に亡くなっている。だけど、伯父上は怨霊だからね。五百年生きている、いや、生きてはいないけど、死んでないんだよ。

???

五郎はミルと宗景をその場に残し、すたすたと歩いて行った。
意味が分からないことを喚く頭のおかしい子どもと、おなじくイカれた大人だと思ったのだ。
こんな連中、相手にしないことだ。
しかし、ミルがその前に立ちふさがる。

ふざけるなよ。怨霊だかなんだか知らんけど、俺の伯父上たちは、とっくに亡くなっているんだ。無礼なことを言っているのはお前らのほうだよ。

じゃあ、君、伯父上の墓参りに行ったことある?

あるに決まってるだろ? あれ?……そう言えば……

五郎は考え込んでしまった。彼の伯父は二人いた。しかし、墓があるのは一人だけ、であった。そのことを不審に思い、父に尋ねたことがある。

 一族はまとめて龍文寺に祀られている、

との答えが返って来た。

つまり、一人の伯父は特別に供養塔があったのに、もう一人のほうは「一族まとめて」祀られていた。イマドキっぽい感覚だと、立派な墓石がある伯父と、永代供養されてる伯父とに分かれていたのだ。

俺には墓なんてない。「謀反人」だからだ。

えええーーーー!?

宗景はふふっと笑って、林の中に姿を消した。

そんなにびっくりする必要はない。伯父上は悪い人じゃないんだ。謀叛人だったかどうか、なんて重要じゃないよ。

何を言っているんだ‼ 身内に謀反人が出たなんて、恥ずかしくて人前を歩けないではないか。

五郎は、伯父に墓石すらない意味をようやく悟ったのだった。
しかし……。
その伯父が、このわけのわからない子どもとともに、こんな林の中に潜んでいる理由は何だ? そして、五百年も生きている、いや、そもそも、生きてはいないが死んでない、とは?
五郎は頭がくらくらした。

安心しな。これから何もかも分かるように話してあげるよ。時間はかかるけどね。